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Green Hills 第9幕 「無月」

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「あああああの、遠坂が、お、お客さんがたくさん入るからって、勝手に動かして、それで……、そ、その、そこ、に……」
 シロウが言い訳などする必要はないのだが、自分が動かしたと思われていないかと、しどろもどろになる。
「そうか」
 さして疑問も持たず、アーチャーは椅子に腰を下ろす。案の定、膝が当たった。
「あ、ごめっ」
 恐縮してしまうシロウに首を傾げながら、アーチャーは椅子を少しずらして距離を取った。
「ぁ……」
 離れてしまった、とシロウは俯きそうになる。近いと思ったのなら、足が当たってしまうのなら、椅子を離せばいい。簡単なことなのに、シロウはそうしなかった。
(俺が近くがいいと……思っているから……)
 椅子を動かさなかったのだ、とシロウは視線を落とす。アーチャーは何のためらいもなく椅子を移動した。それが普通の行動だとシロウはわかっている。少しでも近くがいいと思ってしまった自分は、ダメだ、とシロウは思う。こんなことを考えていてはいけないと、シロウは膝に置いた手を握りしめた。
「熱くて飲めないか?」
「え? あ、い、いや、大丈夫」
 アーチャーに訊かれて、慌ててコーヒーカップを掴んだ。
「入れないのか?」
 また訊かれてシロウはなんのことかわからず顔を上げる。
「砂糖を入れなくていいのか?」
「え? あ、そ、そうだった」
 ソーサーに並んだ二つの角砂糖を慌ててカップに落とす。茶色に染まり、すぐに原型を失っていく角砂糖。
 それを見ているのが辛くなってきてスプーンでかき混ぜる。溶けて消える砂糖はサーヴァントと同じだ、などと益体もないことを思う。
「疲れたか?」
 静かに問われ、シロウは首を振って否定する。
「砂糖をやろうか?」
「魔力じゃなくて?」
 言ってしまってシロウは自分の口を手で塞いだ。何を言っているのか、とシロウはますます俯いた。
「ここでしていいと言うのなら、存分に提供してやるぞ」
 囁く声に、俯いて口を覆ったまま、シロウは真っ赤になって首を横に振る。ぽす、と頭に置かれた温かい手が、ひと撫でして離れていく。
 もう少し撫でてほしかった、など言えるはずもなく、シロウはおとなしくコーヒーを飲むしかなかった。

 ぱら、とページをめくる音、カップをソーサーに置く微かな音、校舎の騒めき、たくさんの人の気配、目の前にある、本を持つ錆色の手……。
 チェックのクロスに覆われた机に突っ伏すシロウは、今ここにある光景を感じている。
 自分の指先とアーチャーの本を持つ左手との距離は十三・四センチ。定規で測ることもなくわかる実測値はサーヴァントになってからのシロウに極端に加味されたスキルだった。
 聖杯戦争の頃は一・五から二メートルの距離があった。その後、一時は三メートル以内に近づくことがない時期もあった。
 今、十数センチがアーチャーとの距離。自分から詰めることのできる距離はここまでだ。
 指先を浮かせて、もう少し近づけてみようと思う。だが、何度試みようとしても、やはり、それ以上近づけることができない。
 詰めてはいけない距離だと、ここがボーダーラインだと、線引きはやはり必要だと、シロウは目を閉じる。
「セイバー? 寝るのか?」
 返事をすることなく頷くに留まる。
 今、声を出すと泣いてしまいそうだった。近づくことのできなかった手を握りしめる。指をたたんだことで、また距離があいた。
(詰めたいけど詰められない……、詰めてはいけない……距離……)
 少し冷たい風が入ってくる。残暑は終わって、もう秋の風だ。
 アーチャーが席を立った気配を感じた。本の交換に行くのだろう、と思いながら風が止んだのを知る。ふわりと何かが背中を覆ったのを感じる。
 すぐにアーチャーが座る気配。ページをめくる音、ソーサーにカップを置く音、校舎の騒めき、握った手を包む温かい感触。
(あれ……?)
 瞼はもう開かない。何かが違う、と思いながら眠りに誘われる。
(少しでいいから、魔力をもらっておけばよかった。そうすれば、今、何が起こっているのか、知ることができるのに……)
 すぅ、と穏やかな寝息に、指先を掴む手に、アーチャーは目尻を下げて微笑んでいた。

「やっぱり、疲れていたわね」
「ああ。疲れていることにも気づかないほど、楽しかったようだ」
 アーチャーはシロウを見つめながら答える。
 自身がふらついていることに気づかないシロウをアーチャーはここまで誘導し、凛は休息場を提供した。赤い主従の連係プレーだ。
「世話が焼けるわね、ほんとに」
 ため息交じりの凛に、アーチャーも苦笑している。
「だけど、それはないんじゃない?」
 シロウの手を握っているアーチャーの手を目線だけで凛は指摘する。
「どうにも奥手でな。仕方がないので私の方から近づけてやった」
「奥手はエミヤシロウの特権でしょー。セイバーだけじゃないわよ、まったくー」
 目立つなと言ったでしょ、と凛は言うが、
「仕方がない、放してくれないのでな」
 と、アーチャーは肩を竦める。
 疑いの眼差しを送りつつ、凛が確認すると、シロウの手がアーチャーの指先をしっかりと掴んでいる。
「もう、ほんっと、しようがない子ねー」
 いくらかは年上であるはずのシロウの赤銅色の髪を、なでなで、として小さい子扱いする凛に、アーチャーは苦笑いを浮かべるだけだった。


 図書室の喫茶店は、その後、超満員のまま文化祭の終了を迎えた。
 ひとえに両サーヴァントの効果であることは、明白である。
 寝入ってしまったシロウを、椅子を並べた簡易のベッドに寝かせ、アーチャーに膝枕をさせて、コーヒーと読書はサービスするから動くなと命じ、凛のクラスは歴代模擬店の来場者新記録を達成したのだった。
 読書に耽るアーチャーと、すやすやと眠るシロウ。それだけでも絵になるというのに、時折、無意識にアーチャーがシロウの髪を梳いたり、頬を撫でたりするものだから、客として入った女性陣からの声にならない歓喜の悲鳴が幾度も上がっていた。
 図書室のブックカフェはおしゃべり厳禁のため、みな声を飲んで、目だけをぎらつかせて、異様な魔窟と化していたことは、言うまでもない。



「ふあっ……」
 のびー、と歩きながら身体を伸ばすシロウが欠伸をこぼす。学校からの帰り道、夕焼けに染まった道を、伸びた影に追われるように歩く。
「なんだか、身体が痛いなー」
「あんなところで眠るからだ」
 そう言うアーチャーも肩を押さえて首を回している。
「アーチャーも、お疲れ気味?」
「まあな」
「ずっと本を読んでいたんだ?」
「ああ」
 凛に命じられてはどうしようもないだろう、とアーチャーは肩を回す。
「肩たたき、してあげようか?」
 シロウの提案に、アーチャーは、ぜひ、と答えた。

 衛宮邸の居間に入るなりシロウがアーチャーの背後を取った。
「なんだ?」
「肩たたき」
 片眉を上げたアーチャーが、茶を淹れるまで待て、と言って台所に入ったのでシロウはおとなしく待つことにした。そして、
「うわー、凝ってるなー」
 アーチャーの淹れたお茶で一服したシロウは、その背後ににじり寄り、肩を掴んで目を丸くした。
「長時間同じ姿勢でいたからな」