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Green Hills 第9幕 「無月」

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 とんとん、と首筋から腕の方へ叩いていく。しばらくアーチャーの肩を叩いて、ふとシロウは気づいた。
(俺……、自分から触ってるじゃないか……)
 触れられない、詰められない、と思っていた距離がもうゼロだ、と。
(簡単なことなんだ……)
 触れるというのは、こうも簡単に叶うことなのか、と初めて気づいた。
 だが、そう気づいて、胸が苦しくなる。いつか、触れられなくなる日が来ることを、この存在を感じられなくなる時が、確実にやってくることを知っている。
(俺は……、俺たちは、いつか……)
 不意に手首をアーチャーに掴まれた。
「あ、もう、いい?」
 ぐい、と手首を引っ張られ、アーチャーの背中に背負われるような格好になる。
「アーチャー?」
 何も言わないアーチャーの表情は見えない。
「あ、の……」
 振りほどくのも何か違う、とシロウは動けない。けれど、このままいるのは、心臓がもたない気がする。
「は、放っ……」
「セイバー、私はもう逃げも隠れもしない」
「え?」
「触れるのをためらうくらいなら、触れてから考えればいい」
 アーチャーが何を言いたいのかがシロウにはわからない。シロウはどう答えるのが正解なのかもわからない。
 アーチャーが振り向く。目が合う。キスのタイミングはもう知っている。触れた唇が熱い。
「ためらうことなどない。お前は、お前の思ったまま動けばいいと言っただろう。私はそのままのお前を受け止めてやる。お前はそれを許されているのだと、いい加減、自覚しろ」
 うれしいのに、涙が出そうになった。
 アーチャーに掴まれていた手首が離され、シロウはアーチャーに腕を回した。背中から抱きつくような格好で、アーチャーが頬に口づけるのが、頭を撫でてくれるのが、うれしくてただ笑みがこぼれるばかりで、幸せだ、と思った。
(ああ、俺は、幸せなんだな、今……)
 そんなことに気づいて、こんな時間を大切にしたいな、とシロウは思った。



***

「いいのか? アイスで」
「うん」
 士郎がそろそろ寒くなってきたからホットの方がいいんじゃないか、と訊くがシロウはアイスラテの方がいいと言う。
「じゃあ、アイスにするけど……、えっとガムシロが二つだな? そんでクリームのトッピングな?」
 うんうん、と大きく頷くシロウはニコニコして答える。このコーヒーショップのアイスラテがシロウはお気に入りなのだ。
「ほんっと、よく胸焼けしないよな……」
 新都まで買い物に来たが思った以上に時間がかかってしまったために昼を過ぎてしまっていた。朝から歩き詰めのシロウを休憩させようと思い、この店に入ったのだが、昼過ぎとあって混みあっている。
 席につけるかどうかわからず、とりあえずは持ち帰りで注文したものの、アイスラテを飲みながらではシロウが寒いだろうと、受け取るまでに広い店内を見渡して空席を探してみる。
「いっぱいだなー」
 シロウも目を凝らしているが、やはり空席は見当たらないようだ。
「あ」
「どした? 席見つかったか?」
「アーチャーだ」
「へ? どこ? あいつがいるんなら、席くらい譲ってもらえるだろ。セイバー、先に行って、って、え? ちょ、ちょっと、セイバー?」
 アイスラテとホットコーヒーを受け取った士郎は、シロウが出口に向かうのを追う。
「セイバー、アーチャーがいたんだろ? 店出ちゃって、」
「いい」
「は?」
「今日はいい」
「え? 何? いいって、何が?」
 スタスタと歩いて行くシロウの横顔がやけに強張っていて、士郎は首を傾げながら並ぶ。
「セイバー、これ、俺が持っててもいいか?」
 振り向いたシロウは、あ、と足を止める。士郎は右手にホットコーヒー、左手にアイスラテを持っている。
「ご、ごめん」
「いいよ。今、飲まないんなら俺が持ってるから」
「の、飲むよ」
「けっこう、冷たいぞ、大丈夫か?」
「うん、平気」
 申し訳なさそうな顔でシロウはアイスラテを受け取る。
「やっぱ、あったかい方にしとけばよかったんじゃないか?」
「あったかいと、クリームが溶けるから」
 バスを待つ間、じっと立っていると風が冷たい。冷たいカップを持つシロウの白い指先が寒そうに見える。
「セイバー、さっきアーチャーがいたんだよな?」
「え? あ、う、うん」
「声かければよかったじゃないか」
「……うん」
「ケンカしたのか?」
「してないよ」
 小さな笑みを浮かべるシロウに、これ以上は何を言っても答えないな、と諦めて、士郎は話題を変えることにした。
「セイバー、それってさ、クリームはどうやって食べるんだ? やっぱ、飲む?」
 ドーム状の透明な蓋の中のクリームを士郎は指さす。
「え? これ? えっと、俺は、ストローで掬う」
「……飲まないんだな」
「飲めるかな、ストローで。試してみようかな」
「いや、試さなくていいから」
 本気でやろうとするシロウを止める。ちら、と士郎の持つカップを見たシロウが、
「コーヒーにのっけてみる?」
 と訊くので、士郎は首を振った。
「いい。俺はブラックで十分」
「苦いだけだろう?」
「セイバーのは甘いだけだろ……」
 話題を変えてみたものの士郎は胸焼けを覚えただけだ。
 そうこうしているうちにバスが来て乗り込む。最後尾の窓側はシロウのお気に入りの席だ。時間が半端なのか空いていて、難なく座ることができた。
「セイバーは車窓が好きだなぁ」
「……うん、街が見えるから」
「セイバーの街と同じか?」
「うん、変わらないよ……」
 シロウの生きた街と代わりのない景色が通り過ぎていく。
「変だよなぁ……、同じ街なのに、違うんだから……」
「変じゃない。不思議だって言うんだよ、そういうのは」
「はは、士郎は、ロマンチストだなぁ」
 士郎を振り返って笑うシロウは、すぐにまた車窓へ目を向ける。
 自分がもう人間ではないなどと信じ難い。なにせ、自分は人のように、つまらないことで一喜一憂している。
 人のように誰かを好きになって、人のように苦しいと思って……、とシロウは窓の外を見ていた視線を足元に落とした。
「士郎……、俺……男なんだ……」
「う、うん、そうだな」
 突然のシロウの言葉は意味がわからなかった。
「男だから……っ……」
 俯いたシロウの鼻筋を雫が伝う。
「セイバー?」
 冷たいラテを両手に持って、シロウは俯いて、ただ涙を落とした。
 士郎は何も言わず、その赤銅色の髪を撫でていた。



「ねえ、さっき士郎とセイバーがいたわよ」
 三つのカップを載せたトレイを持って凛が席に座る。
「え? 士郎とセイバーさん?」
 藤村大河がキョロキョロと店内を見渡す。アーチャーは黙っているが、気配を探しているようだ。
「買って、出ていっちゃったわ。持ち帰りにしたみたい。まあ、混んでいるから諦めたのかもしれないわね」
「えー、せっかくだから士郎とセイバーさんとお茶したかったぁ」
 大河がテーブルに突っ伏す。
「家に帰れば会えるじゃないですか、藤村先生」
「そうだけどー。約束もしていないのに、街でばったり会うとかって、いいじゃなーい。私たちもそうだったんだからぁ」
 確かに、とアーチャーは心の中で頷く。