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Green Hills 第9幕 「無月」

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 今日は凛に荷物持ちに付き合わされていて、先ほどばったり大河とデパートで会ったのだった。アーチャーは会えることなら、あっちがよかった、とため息交じりに思う。
「だけど、様子が変だったのよねー」
 凛がキャラメルマキアートを一口飲んで宙を見ながら考えている。
「変とは?」
 凛の言葉が気になったのか、アーチャーが訊き返す。
「うん、セイバーがさっさと店を出ちゃって、士郎が追いかけていたから」
 普通ならあり得ないでしょ、と凛がアーチャーに目を向ける。
「そうだな、あのセイバーが、衛宮士郎を置いていくなど、考えられないな」
 アーチャーが嫉妬するほどあの主従は仲がいい。シロウがアーチャーとはまた違う意味合いで士郎を大事に思っていることは、アーチャーも重々承知しているのだが、それでもアーチャーがイラッとすることは頻繁にある。
「凛、私は先に――」
「はいはい、わかってるわよ。夕方からお邪魔するって言ってあるから。それからでいいでしょ」
 宥められたアーチャーは、それ以上は何も言わず、おとなしくコーヒーを口に運んだ。



「疲れただろ、セイバー。いつもなら昼寝の時間なのに」
「うん……」
 元気のない返事に士郎は苦笑する。
「ほら、もう部屋行って寝とけ。今日の夕飯は俺だけでも作れるから」
「ごめん……」
 謝ってシロウは自室へと向かった。
「まったく……」
 わかりやすいな、と士郎は苦笑しつつ居間に入る。
「アーチャーを見つけて、そのあと、何を見たんだ?」
 あのコーヒーショップで何を見たのだろう、と士郎は首を捻る。シロウの様子がおかしいということは、アーチャー絡みだと相場は決まっている。なにせ、アーチャーを見つけてから明らかにおかしくなったのだから、疑いようはない。
 二人のことに口を出すつもりはないが、また何かシロウが傷つくことであるならば、士郎も黙っているわけにはいかない。
 アーチャーがいたのなら遠坂もいたはずだ、と夕方から訪問予定の凛に詳細は訊ねることにして、士郎は夕食の準備に取り掛かる。
「それにしても……」
 バスでのことを思い出す。シロウは涙を流した。言っていることは意味がわからなかったが、シロウは何か思い詰めたように泣いていた。
「あんなお子様なのに、セイバーは滅多に涙を流さないもんな。いい傾向なのかも」
 今までシロウが泣かない代わりに、その心象世界に雨が降っていたのだ。素直に涙を流すことができるようになったのなら、それは、シロウにとってはいいことなのかもしれない。
 心象世界に影響が及ぶということは、それほどに抑圧されているのではないか、と士郎は考えている。感情を内に溜めこんでしまうのではなく、外に出せるようになったのなら、それはいいことだ。
 溜めこみすぎて、またシロウが引きこもりでもしたら、目も当てられない。
「こうやって、少しずつ強くなれればいいな、セイバー」
 自室で寝ているだろう従者に士郎は、がんばれよ、とエールを送った。


 冷たいラテは解けた氷で薄くなっている。カップを持っていた手が冷たくなってしまって、両手を擦り合わせてみる。冬が近い季節に冷たいカップを持っていた手は、いっこうに温かくならなかった。
「アーチャーは、男だ……」
 コーヒーショップで見た姿を思い出す。
 白銀の髪ですぐにわかった。
 声を掛けようと思ったその時、向かいに座る藤村大河の姿が見えたのだ。何を話しているのかまでは店内の喧騒で聞こえなかった。だが、にこやかに話す大河と、微笑を浮かべているアーチャーの横顔が見えて、シロウはすぐに後退った。
 アーチャーにとっても自分にとっても過去の姉貴分。
 だが、いくら過去がエミヤシロウだったからといって、今のアーチャーと並べば、同世代の男女と端からは見えるだろう。
 アーチャーが大河を大切に思っていることはわかる。シロウも同じ思いだ。それに大河の方も、憧れだった衛宮切嗣の面影をどこか彷彿とさせるアーチャーを好ましく思っているのもわかる。
 だからといって、そういう感情が男女のものに急転換するわけがないのは百も承知のはずなのに、シロウは急激な不安感と罪悪感に襲われた。
 大河にそういう気がないとわかっていても、無駄にシロウは勘ぐってしまったのだ。そんな自分が何よりも嫌だった。
「何を……考えているんだろう……俺は……」
 膝を引き寄せて抱える。
 これは、このモヤモヤとして、イライラとする気持ちは、と目を伏せる。
(ああ、そうか、嫉妬だ……)
 嫉妬している。姉貴分である大河に。
「違う……こんなのは、嫌だ……」
 頭を膝の上に落とした。
(アーチャーは男だ。女の人にちやほやされるのは、やっぱりうれしいはずだ。それに、士郎にはあれだけど、みんなに優しいし、あのルックスだし、紳士的だし、フェミニストだし、女の人がアーチャーに目を引かれるのも、放っておかないのもわかる……。俺が一緒にいても、全然、つり合うわけもなくて……)
 そんなことを思って、ため息をこぼす。
「つり合うって、なに? 俺は、何を言っているんだろう?」
 こぼれそうな涙を堪えるように唇を噛んだ。
「何を考えているんだ、俺は……、こんなの、おかしい……こんなの……」
 眠気がこない。魔力はそれなりに減っている。げんに眩暈がしている。だが、シロウは横になる気にはならない。
 嫌な感情が渦巻いて、気分が悪くなってくる。
「すっかり薄くなっているな、これは……ラテか? 相変わらず、甘すぎだな」
 呆れたような声に、びく、と肩が揺れる。顔を上げられないまま、シロウは硬直した。
「セイバー? そんな格好で寝ているのか?」
 そっと髪に触れた温かい手に、ぎゅ、と袖を握りしめた。
 そうだった、と思い出す。夕方から凛が来ると士郎から聞いていた。当然、アーチャーもやってくる。そのことをシロウは失念していた。
「セイバー、起きているのなら、顔を見せてくれ」
 今日は一度も見ていない、とアーチャーは耳の辺りを両手で包む。膝に頭を埋めたままシロウは、嫌だ、と首を振った。
「なぜだ?」
 髪に口づけ、膝を抱えたままのシロウをアーチャーは両腕で包みこむ。
「セイバー、顔が見たい」
 ぶんぶん、と首を振って拒否する。
「セイバー」
 アーチャーに呼ばれると答えたくなる。シロウは我慢できずに口を開いた。
「アーチャーは……男だろう……」
「ああ」
「……俺は……男……だから……」
「そうだな」
「こんなふうにアーチャーに……してもらって……いいはずが、ない……」
 シロウは言いたくもないのに、言わなければならない。現実を見なければならない。
 こんな当然の理を今まで失念していたとは、なんてマヌケだ、と歯噛みする。
 シロウは考えつきもしなかったのだ。
 今までアーチャーを追いかけていただけで、ただ、傍にいられることがうれしいだけで、気づきもしなかった。
 男と男でいったい何が育まれるというのか。しかもすでに人ではなく、実体が存在できない英霊だ。何も産みはしない、何も生まれはしない、不毛極まりない、と今日、シロウは思い知らされた。