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Green Hills 第9幕 「無月」

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 アーチャーと大河が笑い合う姿が焼き付いて離れない。これが正道だ、これが正しい、と現実を突きつけられた。
「私が触れることが嫌なのか?」
「そ、そうじゃ、なく、て……」
「では、なんだ」
 不意に身体が浮いて、シロウはそのまま畳に転がされる。
「え……?」
「ようやく顔が見えた」
 頬を撫でる目の前のアーチャーが微笑む。
「あ……、わ、ちょっ、と……」
 身体を捩ろうとするが、アーチャーに押さえつけられて動けない。
「このまま私のものにしてもいいか?」
「な……に……?」
 シロウにはなんのことやらわからない。
「それでお前の気が済むのなら、お前の全てをもらう」
「……そんなもの、とっくにアーチャーの、ものじゃないか……」
 不貞腐れたような顔で悔しげにシロウは吐露する。
「アーチャーは、自分だけを見ていろって言うのに、アーチャーは俺だけを、見ているわけじゃない……。こんなの、不公平だ……」
 目尻に涙を滲ませて、シロウは唇を噛んで、本当に悔しそうに不満をぶつけた。
「はっ……、まったく、お前は……」
 アーチャーは身体を起こし、シロウの腕を引く。
「何を言っているのか、お前は。私は、最初からお前に全てを持っていかれたというのに……」
 大きく見開かれた目から琥珀色の瞳がこぼれ落ちそうだ。
「私はとっくに、お前だけしか見えていない、セイバー」
 驚きに満ちていた瞳は、やがて狼狽し、白い頬に朱がのぼる。
「まだ、不公平だと言うか? ならば、私の方が数か月は余分にお前を見ている。その分をお前に返してもらわなければならないが?」
 真一文字に唇を引き結び、シロウは押し黙る。そして、
「……しても、いい、のか?」
 ほとんど聞き取れないような声で訊く。
「何をだ?」
 アーチャーの耳はその声を拾ったようだ。
「魔力の補給じゃない、」
 キス、とシロウの唇が動く前に、アーチャーが塞いでいた。
 理由や建前などなくても、熱いほどの口づけをかわすことが許されるのだと互いに思い知る。欲していたのはアーチャーだけではない、シロウも確かにアーチャーを求めていた。
 言葉にできずに、どうしていいかもわからずに、ただ、自身の想いばかりが、どんどん膨れ上がっていく。それをアーチャーに訴えていいのかわからず、シロウは行き止まりの壁の前で立ち尽くすように、途方に暮れていた。
 思うままに触れていいと言われても、シロウは恋愛というものが未経験なだけに、どうすればいいかもわからなかった。
 今まで一方的に想っていただけなのだ。恋愛如何と言うよりも、何に対しても、シロウの想いはいつも一方通行だった。正義の味方にしても、理想の具現にしても、アーチャーを追うことにしても、ずっと想い、焦がれ続けるだけだった。
 初めて応じられたのが、輪廻を絶ち切るほどに焦がれた理想――アーチャーだった。
(アーチャーが、好き……。俺は、バカみたいに、アーチャーが好きなんだ……)
 過去の姉貴分に嫉妬するほどに、自分の気持ちは強いものだったのかと、アーチャーの愛撫のような口づけに応える。
 魔力補給のついでのキスが、キスのついでの魔力補給に変わった瞬間だった。

「笑っていたから……」
 コーヒーショップで見た光景を思い出したのか、シロウはムッとしている。
「それはそうだろう、虎が衛宮士郎の仕留め方をレクチャーしていたのだから」
「そ、それって、アーチャーも俺もって、こと?」
「たわけ。この世界の衛宮士郎だ」
 ズゴゴ、とカップの底を啜った音がする。アイスラテが無くなり、シロウは蓋を外した。カップには、もっちゃり、と生クリームが残っていた。
「それで、やっぱりアーチャーは女の人といる方がいいんだろうなーって、思って」
 ストローでクリームを器用に掬いながらシロウは話す。
「ほう。それは、つまるところ、嫉妬というやつだな、セイバー?」
 ぎく、と肩を震わせたシロウは背後から抱き寄せるアーチャーを振り返る。
「虎に嫉妬したのだろう?」
「ち……、ちが、」
「そうか、違うか? では、なぜ、不貞腐れていた?」
 にんまりと笑うアーチャーは何もかもお見通しのようだ。
「……わない、です」
 真っ赤になって顔を戻し、無言でクリームを食べ続けるシロウに、くつくつ、とアーチャーは笑う。
「笑うな……」
 シロウが憮然と言うと、ますますアーチャーの笑いは止まらない。
「もう!」
 アーチャーの手を抓って、シロウはムッと口を尖らせる。
「す、すまない」
 笑いながら、うれしくて、とアーチャーはこぼした。
「……うん」
 先ほど抓ったところをシロウは撫でさする。
「セイバー、私はもう、感情というものに動かされることなどないと思っていた。いや、感情自体がもう、それほどありはしないと思っていた」
 笑いを引っ込めたアーチャーの声は静かだった。
「アーチャー?」
「お前も知っている通り、永い時間存在するということは疲弊していく。感情などという人であった頃のモノで左右されるなど、もうありはしないとタカを括っていた。いや、人であった時も最期の方は、それほど感情に動かされていたとも言えないな……」
 シロウの肩に顎を載せ、アーチャーは回した腕でシロウを抱きしめる。
「お前が全てを覆してしまった。お前を見る度、お前の気配を感じる度に、ここが、疼く」
 シロウの胸の中心に掌を当てて、アーチャーは微笑を浮かべている。
「お前が主と共寝をしているのを感じると、ここが、焼けるようだった。ここに残る熾火をどうすることもできず、燻って凝り固まっていくようで……。こんなことでは、お前に逃げられるのではないかと、拒まれるのではないかと……、私は怯えた」
 シロウの肩に顔を埋めたアーチャーは、怖かった、とこぼす。
「お前にだけは、拒まれたくなかった……」
 そっとアーチャーの白銀の髪をシロウは撫でた。少し顔を上げたアーチャーと目が合う。そのまま唇を奪われて、アーチャーの想いの深さをシロウは思い知った。
「セイバー、甘い……」
「あ……」
 ガムシロップ二個とクリームたっぷりのラテを飲んだ後だったことをシロウは思い出した。
「で、でもさ、このクリームはあんまり甘くないんだ」
 ストローの先に掬ったクリームを、ぱくり、と口に入れ、シロウは満足げに笑う。
「本当か?」
 シロウの背もたれになっていたアーチャーが訝しげに訊き、カップの縁に付いたクリームを指先で掬って舐めた。
「あ! こら! 俺の!」
 取るな、とシロウが怒る。
「……甘いぞ、十分」
 目を据わらせるアーチャーのクリームの付いた指を、シロウは、ぱく、と咥えた。
「セ、セイバー、何を……」
 動揺を面に出しはしなかったアーチャーだが、言葉に詰まる。
「俺のクリームを、取るな」
 ムッとするシロウに、何を思いついたのか、アーチャーの口角が上がった。
「ほう。お前のクリームか」
 言いながら、カップに指を突っ込み、残り僅かなクリームを指に掬い取った。
「何するんだよ!」
「これ以上甘い物を口にすれば、虫歯になるかもしれんぞ」
「な、ならない! たぶん!」
「確証はないのだろう?」
「ない、けど!」