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Green Hills 第10幕 「冬霞」

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「買い物も済ませたんだな」
「ああ」
 アーチャーの持つ買い物袋を見てシロウは、一緒に買い出しに行けばいいのに、と首を傾げる。
 そんなシロウの腰を引き寄せながら、
「済ませておけば、お前と二人でいられる」
 言ってアーチャーは軽くシロウに口づけた。
「も、もー……」
 顔を赤くして、シロウは不満を露わにするが、怒るわけではない。
 遠坂邸の修復が終わり、凛は居候を返上して自宅から学校に通い、学校が終わると衛宮邸に来て夕食を食べて帰宅する、という生活を送っている。
 そのため、毎日アーチャーは昼前後に衛宮邸に来ている。週末も泊まることがほとんどで、アーチャーから魔力のお裾分けを受けているシロウは、結局のところ、毎日アーチャーと会っている。
 昼食後、アーチャーにもたれて少し眠気に襲われながら、シロウは少しだけ切ない気分になった。
「春まで、だなぁ……」
「ああ」
 高校卒業後、マスターの二人はロンドンへ行く。サーヴァントを連れてなど行けるはずもなく、契約は解除される。
 サーヴァントである二人は、その後、座に還り、それぞれの役をこなしていく。アーチャーは再び人間世界との契約を果たすために、そして、シロウは何かしらの役目を果たすのだろう、と漠然と思っている。
 シロウもアーチャーも決めていた、この件についてはマスターに従おうと。どれほど離れがたいと思っていても、何も言うまい、と。
 どちらにしても、離れなければならなくなるのは決まっている。
 だからこそ、アーチャーは二人きりでいたい、と思うのであり、シロウもそれを咎めたりはしない。
 あと数ヶ月、二人には、今この刹那を大切にしようという思いだけだった。



***

「ふ、ふんふんふんふんふーん、ふ、ふんふんふんふんふーん、へ、へんへんへんへんへーん、ほ、ほんほんほんほんほーん、ふ、ふん――」
「歌詞はどこに置き忘れた……」
 シロウの歌う定番クリスマスソングは、ハミングとも言い難い。
 思わずアーチャーがつっこみたくなるのもわかる、と部屋の飾り付けをする衛宮邸の主とその後輩・間桐桜が苦笑いを浮かべる。
「いいじゃないかー、雰囲気でー。細かいこと言うなよー」
 反論するもシロウはご機嫌で、鼻歌交じりで飾り付けを作っている。
 くそ、可愛いぞ、とはもちろん、アーチャーの心の叫び。
「はぁ……。セイバー」
 台所のアーチャーが手招きするので、シロウは何か小言か、と身構えつつカウンター越しに近づく。
「味見をしろ」
 アーチャーは小指に取ったホイップクリームをシロウの目の前にかざす。
「アーチャーなら完璧だろう?」
 一応な、とアーチャーはシロウに味の確認を依頼する。
 ぱく、とアーチャーの小指を咥え、生クリームを舐め取ったシロウは一つ頷いた。
「うん、ケーキならこれくらい控えめの方がいい。さすがアーチャーだなー」
 完成したケーキを妄想でもしているのか、シロウは夢見心地だ。
「楽しみにしていろ」
 それに答えるアーチャーも、完っ全に周りに目が向いていない。
「はいはい、イチャつくのはそこまでにしてね。アーチャー、スポンジが焼けたわよ」
 凛がスポンジケーキの載ったトレイをカウンターに置きながらつっこむ。
「ふぁー、いい匂いー」
 甘い香りにシロウの顔が緩む。
「ほんっと、セイバーは甘い物が好きよねぇ」
 呆れつつも、シロウの幸せそうな顔を見て、凛も頬が緩んだ。
「美味しくするから、楽しみにしててね、セイバー」
「うん!」
 シロウは大きく頷いた。
 今日は衛宮邸でクリスマスパーティーなのだ。魔術師主従と桜と大河で、料理とケーキを囲むことになっている。
 十二月のはじめに、クリスマスツリーを土蔵の奥から見つけてきたシロウが居間に飾ったことから、パーティーをしましょう、と凛が提案し、次々と話しが進んでいき、ちょうど土曜であるということで、二十五日にパーティーとなった。


「おい、どうすんだ、あれ」
「知るか」
 居間の惨状を前に、士郎とアーチャーは立ち尽くす。
 料理の減りの速さに危機を感じた士郎が、追加料理を作るためにアーチャーとともに台所に立っている間に、居間ではどうやら酒盛りがはじまったらしい。
 元凶は大河の持ち込んだシャンパンとその他諸々の酒類。それに巻き込まれた凛と桜が結局は一緒にいい具合に出来上がっている。
「なんで、止めなかったんだよ……」
「私もこちらで手一杯だった」
 ああ、確かに、と士郎は頷く。
「セイバーも止めてくれればいいのに、って、寝ちゃってるし……」
 朝から浮かれていたからだろう、シロウは座卓に突っ伏して夢の中のようだ。
「セイバーのせいではないだろう」
「はいはい、セイバーは悪くない」
 この過保護、とは心で呟き、士郎は追加の揚げ物を運ぶ。
「藤ねえ、無茶するな! こいつら未成年!」
「乾杯しただけよぉ」
「ほんとに教師かよ、あんた」
 呆れながら空いた皿を集めて台所へと運ぶ。
「ケーキもあるんだから、あんまり呑み過ぎるなよ」
「りょーうかーい」
 士郎に向けて大河は、ぴし、と敬礼する。
「けー……き……」
 取り皿を入れ替えていた士郎の側で呟きが聞こえる。
「あ、セイバー、起きっ……た、……か……」
 突っ伏していたシロウが頭を起こした。
 はふ、と温まった息を吐き、白い肌を赤く染めて、シロウはとろんとした目の顔を主に向ける。
「しろう、けーき……」
 重そうな瞼を上下させてゆっくりと瞬くシロウは、妙に色っぽい。士郎でもたじろぐほどだ。
「セ、セイバー、まさか、お酒、飲んだ?」
 しどろもどろで訊くと、シロウは、こて、と頭を右に倒す。
「んー……飲んだぁ、かなぁ……」
 今度は左に頭を倒しながら座卓の上を見渡し、シロウは指さした。そこには、ワインの入っていた空瓶がある。
「あれ、飲んだか?」
 こくん、と頷くシロウに、
「どのくらい?」
 と訊けば、
「ぜぇんぶ」
 あははー、とシロウは屈託なく笑う。
「ダメだ、完全に酔っ払いだ……」
 士郎は額を押さえ、しばし考察する。
(酔っているのは、成人だし、人でもないからいいとして……。問題はこの見た目だ。真っ赤だし、目は潤んでるし、なんか色っぽいし、俺でもちょっと、ヤバい感じだし……)
 とにかくこんなシロウをあの黒い奴が見たら、何をするかわからない、とシロウを立たせようとする。アーチャーはまだ台所で追加料理に手が離せない、今なら間に合う。
「セイバー、とにかく部屋で寝てろ」
「けーきは?」
「後で持って行ってやるから、今は、早く」
 避難だ、と腕を引く。
「やだぁ、けーきぃ!」
「こ、こら、大きな声、出すな!」
 背中からシロウの腋の下に腕をさし込み、引きずってシロウを居間から出そうとするが、ケーキ、ケーキと駄々をこねるシロウが、テコでも動こうとしない。
 いつもはあんなに軽いのに、どうしてだ、と士郎は焦る。
「うー、しろーのばかぁ、やだぁー」
「わ、わかった、わかった、バカでもなんでもいいから、セイバー、急げ!」
 三名の女性陣はどんちゃん騒ぎの真っ最中でこちらに全く気づいていない。助けを求めようにも、その間にアーチャーに気づかれてしまいそうだ。