Green Hills 第10幕 「冬霞」
それに気を悪くしたのか、シロウはフォークを置き、アーチャーの頬を両手で挟む。
「セイバー?」
ぐぎ、と音が鳴りそうな勢いで上を向かせたシロウは、
「あーちゃあも、たべて?」
口づけようとする。
「セ、セイバー、今は、いい」
シロウの口を手で押さえ、アーチャーはガン見の凛と桜とは反対側へ顔を背けた。
「あーちゃあ、たべてってぇ、おれごとぉ!」
おれごとっ?
目を剥く居間の面々。
「っく……、このっ…………、セ、セイバー、お前は、食べないのか!」
座卓に置かれたシロウの食べかけのケーキの皿を目の前に持ってきて、アーチャーは苦し紛れに強い口調で問う。怯んだシロウに、形勢は早くも逆転しつつある。シロウの無自覚お色気作戦は失敗に終わりそうだ。ただ、なんの作戦だったかは誰も知らないのだが……。
「私がお前のために作ったケーキを、食べないのだな?」
「た、たべる! たべるよ!」
アーチャーの持つ皿を奪い返し、シロウは黙々とケーキを食べ始めた。
「拷問だったわね」
「セイバーさん、意外とドSなところがあるんですね」
「アーチャー、気の毒にな……」
「やかましい」
同情の眼差しは要らん、とばかりに突っぱねるアーチャーに、三者三様に苦笑いだ。
ケーキを食べ終えたシロウは満足げにアーチャーにもたれて、眠気に襲われはじめたようだ。
アーチャーが身体をずらしてシロウの身体を倒せるようにしてやると、シロウはアーチャーの腿を枕に眠る体勢になる。
「完っ全に、コドモね」
凛が目を据わらせて言えば、
「いつもこんなものだ」
と、アーチャーはシロウの髪を撫でている。平日昼間はこんな感じなのか、と士郎が心の底からため息をつきたくなっていると、
「あー、はいはい、お熱いことでー」
凛が手を払って呆れ返っていた。
「ところで、こいつに酒を飲ませたのは、」
「私じゃないわよ」
「私も違います」
凛も桜もみなまで聞く前に、一様に無実を訴える。
犯人はおおかた見当がついている、とアーチャーはため息をつく。
「どうせ、虎だろう」
「ご名答」
凛がさすがね、と褒めた。
「わからないはずがない。褒められたところで――」
「あーちゃあ?」
肩を竦めたアーチャーを、下からシロウが心配そうに見上げている。
「ああ、なんでもない。お前は寝ろ」
その言い方にムッとしたのか、シロウが両手でアーチャーの頭を引き寄せる。
「セ、セイバー? 何をっ」
ちゅ、と額に軽いキス。
「めりーくりすますぅ」
ふにゃり、と笑ったシロウに、呆気に取られていたアーチャーは目尻を下げた。
「ああ、メリークリスマス」
無邪気な笑顔に救われる。こんな顔を見られるのなら、酔っぱらうのも、悪くはないか、とアーチャーは少しだけ思った。再びシロウが頭を引き寄せる。
「あーちゃ、む」
口づけようとした唇を指で止められて、シロウは不機嫌に眉根を寄せた。
「ここではだめだ、セイバー」
アーチャーが諭すと、むう、とシロウはむくれている。
「だからぁ、周りに私たちがいることを、忘れるんじゃないわよ」
凛はため息交じりにあらぬ方へ顔を向け、桜は真っ赤になって俯き、士郎は砂を吐くと言って台所へ、そして大河は、ずいぶん前からすやすやと夢の中。
「では、子供を寝かしつけてくる」
シロウを抱き上げてアーチャーは立ち上がった。
「へへ、みんなも、めりぃくりすますぅ」
アーチャーの肩に顎を載せて、シロウは居間の面子に笑顔で手を振った。
「おやすみー、セイバー」
手を振り返した凛と桜に、おやすみー、とご機嫌の声が返ってきた。
結局、二人にあてられるクリスマスだったわね、と言い出しっぺの凛は肩を竦めた。
「あーちゃあ、へへ……」
自室に運ばれたシロウは布団に横になったものの、まだ眠る気配がない。
「いい加減に寝ろ」
気持ちよさそうに頭を撫でられながら、シロウはまた、ふふふ、と笑う。
「おいしかったぁ」
「……まったく、そういう顔は、私の前だけにしてくれ」
シロウの唇を塞ぎ、アーチャーはシロウに覆い被さる。琥珀色の潤んだ瞳が、半分ほど下りた瞼から覗く。
「セイバー、まだ、酔いは醒めないか?」
「んー? よってないよぉ、おれぇ」
十分に酔っているぞ、とアーチャーは笑いを噛み殺す。
「……便乗するぞ」
「びんじょう?」
静かなアーチャーの声に首を傾げたシロウは、重そうな瞼を上下させる。
意味を解していなくともかまわない、とアーチャーは口づける。応えるシロウの舌を絡め取り、魔力を注ぎながらシャツのボタンを外していく。顎まで唇を滑らせ、白い喉笛に吸いつく。
「んっ」
びく、とシロウの身体が震えた。
「あーちゃあ?」
アーチャーの髪をシロウが撫でる。アーチャーが顔を上げると、無垢な瞳が見つめていた。
「セイバー、お前が欲しい」
「おれ?」
「ああ、お前が欲しいんだ」
重そうな瞼が二度ほど上下して、ふわり、と笑みが浮かんだ。
「いいよ……アーチャー……なら……」
そうして瞼が閉じ、もう上がらなかった。
「…………セ、セイバー……寝たのか……」
大きくため息をついたアーチャーは身体を起こす。
「は……、酷い奴だな、お前は。……いや、まあ、私も酔った勢いに任せようとしたが……」
今回はドローか、とアーチャーは苦笑した。
「あれ? セイバーは寝たのか?」
「ああ。酒も入っていることだ、朝までは起きんだろう」
「……災難だったな」
士郎が苦笑いで言う。
「虎のやることだ、諦めもつく」
「よくご存じで」
すでにクリスマスパーティーはお開きとなった居間で、士郎は後片付けの真っ最中だった。大河は帰宅し、泊まりの予定だった凛と桜は別棟の洋室に引き上げた。
台所に入ったアーチャーは食器を洗いはじめる。
「俺がやるから、いいぞ。セイバーの側にいたいんだろ?」
「寝た子に何ができる」
「あー、まあ……、ってヤるつもりだったのかよ」
曖昧に笑って、士郎はあらぬ方へ視線を移しながらつっこむ。
「あんたさ、セイバーに、勃つのか?」
「なんだ、いきなり」
思いっきり不機嫌に眉間にシワを刻んだアーチャーが士郎を振り向く。アーチャーが洗った皿を布巾で拭きながら、士郎はついそんなことを口走ってしまった。
「あー、いや、まあ、今後の参考にー……」
全くそんなつもりも、予定もないのだが、興味が湧いたのだ。そういうお年頃でもあるし、聞きたくなってしまった。
「参考になどするな」
「ああ、はい、そうですねー……。でも、今日のセイバーはさぁ……なあ?」
「貴様……」
「あああ、い、いや、変な気を起こしたんじゃなくて! 誰が見ても、あれは、ちょっと、クるっていうか、男女問わず、あれは、ヤバいっていうか……、そのぅ、っで!」
士郎の緩んだ顔に裏拳が飛んだ。
「って、てめ……」
鼻を押さえて士郎は呻く。鼻血は噴かなかったが、士郎は涙目でアーチャーを睨んだ。
「目を覚まさせてやったのだ、ありがたく思え」
「っく、この、やろ……、自分は棚上げかよ」
「私は許されているのでな」
「何がだよ」
「フン、私ならいいと、言った」
「いい? って、いいって、セイバーがっ?」
作品名:Green Hills 第10幕 「冬霞」 作家名:さやけ