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Green Hills 終幕

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「「令呪をもって重ねて命じる。セイバーのサーヴァント・シロウをアーチャーのサーヴァント・エミヤの座に送る!」」
 赤光を放った令呪が二つ消えた。魔力を含んだ光が士郎と凛を包む。
「「令呪をもって命じる。今をもって、契約を解除する!」」
 シロウとアーチャーは驚いたまま、二人のマスターを見つめるだけだ。
「これからも、ちゃーんと話し合うのよ!」
「自分の気持ちは、ごまかしちゃダメだぞ、セイバー」
 二人に言われ、シロウは苦笑いを浮かべ、アーチャーは呆れ顔だ。
 やがて令呪が二人の手から消え、サーヴァントは光の粒となって、衛宮邸の庭から消えた。
 ひと仕事終えた顔で、士郎と凛は顔を見合わせる。
 大丈夫よ、と凛が自信満々の顔で言う。
 信じるよ、と士郎は頷いた。
「さーってと、荷造りするわよー、士郎」
「俺、もう終わったぞ?」
「ウソでしょ!」
 驚く凛に、士郎はさっさと終わらせないと、間に合わなくなるぞ、と笑った。



*** 緑の丘 ***

 目を開けると剣の荒野。隣にいたシロウの姿はない。
「さすがに令呪でも無理があったか」
 自嘲して、ため息をついた。
「こんなことなら……」
 もっと一緒に過ごしておけばよかった、と苦いため息をまた一つ。
 凛が契約を解除すると言ったあの夜から、ずっと考えていたことを思う。
 二度と会うことは叶わないだろうとわかっていたから、この座に連れ去りたかった。
 シロウに言えなかった本音が、今頃になって胸に刺さる。後悔だけが胸に広がる。
 血気に澱んだ砂塵交じりの風が吹く。
 剣が立ち並ぶ荒野は、相も変わらず、反吐が出そうなくらいに寒々しい。
(もっと抱きしめていたかった……)
 両手を見つめて、拳を握りしめて、後悔に歯を喰いしばる。
 乱暴でも無理やりでも、ものにしておけばよかったと、あの身体を抱いて、あの身体の熱を知りたかったと、ロクでもないことを考えてしまう。
 壊してしまいそうなほどに、あの存在を欲していたのだと気づいて、今さらながら手放したことに後悔している。
「シロウ……」
 一度も呼ぶことのなかった名を呟く。
 風が強く吹いている。いつものことだ。ここには風と砂埃が漂うばかり。
 いつもの風だ、と思いながら顔を上げてみる。白いものが視界に入った。
 違和感に瞬く。砂塵に白いもの――花びらが混じっているのに気づく。
「なん、だ……?」
 風の吹いてくる方へ目を向ける。目を凝らすと、荒野の向こうに見えるのは、緑の大地。
「あれ、は……」
 見覚えのない景色。この剣の荒野にはなかった世界。
 そちらへと足が向かう。風の生まれる方へと、ただ足が動く。
 凛が言っていた、セイバーの心象世界は緑の丘だ、と……。
 次第に花びらが増えていく。砂礫の埃っぽい匂いに別の香りが混じってくる。
 歩く大地が土から草地へと変わった。風も緩やかになった。
 砂塵を吹き上げていた風が、緑の草いきれを含む風に変わる。
 なだらかな緑の丘。
 鳥のさえずりなどあるはずがないのだが、聞こえてきそうな錯覚に陥る。
 風が草を揺らす音。
 暖かな光。
 雲の影、澄んだ青空、荒野とは違う湿り気を帯びた空気。
 この景色が、あのセイバーであるエミヤシロウのなれの果ての世界。
 風に吹かれる横顔に憧れを抱いた。
 侵してはならない、壊してはならない、清らかなエミヤシロウの世界。
 草原には剣が突き立っている。
 エミヤシロウは剣を好んだ。だからこんなに美しい緑の丘にさえも場違いな剣が立っている。
 振り返ると少し遠くに荒野が見えた。赤茶けた風に砂塵が舞っている。しばし佇んで白い花びらが流れていく先を見ていた。
(私が眩しく思ったのは、この世界ゆえか……)
 シロウを眩しく感じていた。
 同じエミヤシロウでありながら、全く違う心象世界を持つシロウが眩しくて清らかで、触れてはいけないと思いながら、衝動に勝てなかった。
「お前は、私の全てを虜にした……」
 早く会いたい。早く抱きしめたい。
 募らせた想いをこの身に抑え込んでいた。シロウを傷つけたくはなかったから、切羽詰った状態でさえ堪え抜いた。
 再び丘の天辺を目指す。そうして、その姿を見つけた。
 草の上に座り込む姿。
 青藍の衣に鎧はなかった。赤銅色の髪が風に揺れている。
 声をかけるべきかどうか、アーチャーは逡巡する。
 座り込んだ青年は、やがて青い空を仰ぐ。白い喉に一筋、水滴が滑った。
 あ、と思う。
 こくり、と喉が鳴る。
 触れたい衝動が抑えられない。
 青年は片手の甲で目元を覆った。空を仰いで、ただ声もなく、青年は静かに泣いている。
 急に雨。
 晴れていたはずの空には灰色の雲がびっしりと……。
 視線をめぐらせれば、声を上げれば、その苦い水滴をこぼさずにすむものをと、呆れながらアーチャーは気配を消して近づく。
 お前が悪いのだぞと、お前が探さないからだぞと、アーチャーは諦めることしか選ばなかったシロウの背後に立った。
 そこに至ってもなお、シロウは気づく様子がない。
 聖杯戦争が終わってからは本当に気配には疎い奴だった、と、あらぬ方へ息を吐き、跪くと同時に腕を回して抱きしめた。
「へ? え? な、な……?」
 まともな言葉も出ないのか、シロウは硬直して首だけ後ろを振り返る。
「アー……チャー……?」
 半信半疑で訊くシロウに、アーチャーはムッとして顔を傾け、視線を合わす。
「他に誰がいるというのだ、まったく」
「ごめん」
 シロウが謝ると同時に雨が止んだ。
 雲の切れ間から光が射す。
 緑の草が風に揺れ、雨粒が煌めく。
「ときにセイバー、次に聖杯戦争に召喚された場合、クラスはどちらになると思う?」
「……っふは! 今、その話?」
「なんだ。率直な疑問だろうが」
「そんなの、どっちでもいい」
「私はセイバーたる剣を持ち合わせてはいない。セイバーでは困るのだが」
「あ……、俺もない。俺も困る」
「なに……、あの剣はどうした」
「借りものなんだ。俺がいた世界のセイバーに、一回きりって、約束で借りた」
「まったく……」
 呆れた声で言いながら、アーチャーはシロウの頬に手を添えた。
「なに?」
 瞬いた睫毛が濡れて重そうだった。親指で目尻を拭うとくすぐったそうに首を竦める。
「シロウ……」
「え……?」
 驚いて目を丸くするシロウの目尻に残った涙を、アーチャーは舐め取った。
「な……に、ちょっ、ちょっと、なに、してっ」
「もう我慢することもないだろう?」
「はい?」
 腕の中でもがくシロウにアーチャーは、すっと目を細める。
「おとなしくしていろ。輪廻を絶ち切ってまで私を追いかけてきたのだから、それに応えてやらねばならないだろう?」
「何、言って――」
 不平を浮かべた口をキスで塞がれて、それ以上は言わせてはもらえない。
「っ、アー、チャー……」
 ようやくキスから解放され、吐息をこぼすと、そのまま額に口づけられる。頬を包まれ優しく撫でられ、シロウはうれしくなって笑顔になった。
「お前が欲しくて、堪らなかった」
 真剣な眼差しは、熱い鈍色。ガラスのように冷たく見えたのはいつのことだったか。
「うん」
 見つめ合って笑い合った。
作品名:Green Hills 終幕 作家名:さやけ