同調率99%の少女(8) - 鎮守府Aの物語
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那美恵が説明し紹介する艦娘の内容に、流留は驚きを隠せないでいた。あっけにとられるその様は、口が半開きになっていた。
「……でね、あたしは隣の鎮守府の天龍って人たちと大きな深海凄艦を倒したんだ。」
那美恵の説明の後半は彼女の体験談だったが、流留は説明のほとんどが耳を右から左へ素通りして抜けていくような状態に陥っていた。近くにいた三戸の言葉によるとゲームのようなことが現実に起こる仕事場とのことだったが、本当にそんなわけが……と最初こそ疑っていた。しかし那美恵の説明を聞くうちに疑う気も失せるほどの内容が流留の視覚・聴覚などの感覚に飛び込んできた。
流留は「ホントだったらやってみたいねぇ」などと冗談混じりに軽く考えていたのだが、実際に目の当たりにすると人間の心理的な流れなのか、その気は収縮してしまう。
そんな呆けた様子の流留のことが気になったのか、那美恵は説明を一旦中断して彼女の状態を確認した。
「ねぇ、内田さん?どーしたの?」
「へ!? え? あー、その……なんか現実離れしすぎて頭が真っ白に。」
流留は左手で頭を抱えるように額を抑えて、戸惑う様子をその場にいた全員に見せている。
「うんうん。わかるよ。最初はそうなるよね〜」
あっけらかんと言う那美恵に三千花は突っ込んだ。
「あんたは絶対戸惑ってないでしょ。私達もそりゃ驚いたけど、なみえっていう良くも悪くもすごい例がいたから感覚が鈍ってただけでさ。内田さんの反応こそが一般の人の反応よ。」
「いやいや。あたしだって最初は戸惑ったよ〜。そりゃもう脱兎のごとく!だよぉ〜」
那美恵は冗談とも本当ともつかない言い方で自身の時の経験を語る。三千花は親友の言が、半分はその場の空気を和ませるための冗談だと察していたので必要以上のツッコミは野暮として、一言で終わらせた。
「はいはい。言ってなさいな。」
今の流留にとっては、那美恵と三千花、つまり生徒会長と副会長の妙に親しげなやりとりさえ気にならないほど、ここの展示の内容で受けた衝撃を収められないでいる。この人たちはこんな現実離れした出来事を本気で平気で受け止められているのか。こんなことを本気でこの高校で広めようとしているのか。ありえない。ついていけない。
流留は今まで、楽しければそれでいいと適当に過ごしてきた。勉強は苦手で成績は並だが、ルックスや運動神経には自信がある。別にそれを笠に着てるわけではないが。彼女の生き方の根底にあるのは日常生活。そしてその延長線上。その生活を崩したくない。いくら艦娘がゲームみたいに振る舞えて楽しく活動できたとしても、日常生活から逸脱した世界に足を踏み入れてまでしたくないと思っている。
このままこの場にいたら、艦娘にさせられてしまうんだろうか。ふと彼女の脳裏にそんな心配がよぎる。
流留が呆けていると、那美恵は次の説明をし始めた。
「まぁびっくりするのは仕方ないよね。けど現実にこういうことがあって、あたしや内田さんたち、一般人の日常生活を密かに守っている人たちがいるというのだけは、頭の片隅にでも置いておいてもらえると、嬉しいな。」
「はぁ……。はい。それはわかりました。」
「でね。内田さんがもし冷静になった後も艦娘に興味があるなら、一緒に艦娘やってほしいんだ。」
来た。
流留はそう思った。しかし彼女が口を挟む前に那美恵が言葉を続ける。
「でもね、艦娘が装備する艤装っていう機械があるんだけど、艦娘になるには同調っていって、それと相性がよくないと艦娘になれないんだ。だからなりたい!って言っても艦娘になれるわけじゃないし、気が乗らない〜って人が実は相性バッチリで艦娘になる素質あったりと、誰もが必ずなれるわけじゃないの。だからあたしはこの学校で一人でも多くの生徒に同調を試してもらって、艦娘になってもいいって人を探しているんだ。でね、よかったら内田さんにも、同調を試してもらいたいの。どう?」
誰でもなれるわけではない。流留はその一言で安心感を得た。そしてその安心感は、一つの返事を生み出した。
「まぁ、試すだけなら……。」
流留のその一言を聞いて那美恵の表情はパァッと明るさを増す。
「よ〜しっ!じゃあ三戸くん、一名様を川内の艤装の間に案内して〜!」
「よろこんで〜」
那美恵は飲み屋の店員のような軽いノリで三戸に指示を出した。三戸も似たノリで那美恵の指示に従い、流留を案内させた。
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「内田さん、こっち。こっち来てくれる?」
三戸を先頭に、流留、その後ろに那美恵と三千花が続く。
川内の艤装を置いてある視聴覚室の区画は展示の区画より小さめに仕切られており、5〜6人が入るともう限界の広さだ。区画の中央には、机の上に置かれた川内の艤装が静かに佇んでいる。
「さ、これが艦娘が身に付ける、艤装っていう機械だよ。」
前に出て一言紹介したのは那美恵だ。流留は、そう言って紹介された艤装を見て、現実離れした存在である艦娘のことを、ようやく現実のものとして受け止めようという気になった。
「これが……艦娘の。」
「そ。じゃあ早速つけてみる?」
コクリと頷いた流留の意思を確認した後、那美恵は川内の艤装のベルトとコア部分の機器を手に取り、流留の腰に手を回して装備させる。近くにいた三千花は少し駆け足で展示の部屋に戻り、艤装のリモート接続用のアプリを入れたタブレットを手にとって再び那美恵達の前に来た。その間、那美恵は流留に注意事項を小声で教える。
「もし同調できちゃったときにはね、……シたときと同じような恥ずかしい気持ちよさを感じちゃうかもしれないから、気をつけようがないけど心構えだけはしっかりね。裏を返せば感じちゃったら、内田さんは同調できたってことだから。自分でも判断つくと思う。」
生徒会長の口からとんでもない言葉を聞いた流留は思わずそれを大声で復唱しようとした。が、それを那美恵と三千花に全力で制止された。
「オ、○ナ……っ!? フゴッ」
「わーわー!口に出したらいけませーん!」
「ちょ!ちょっと内田さん!男子もいるんだから!!」
そばにいた三戸はポカーンとしている。当然なんのことだかわかっていない。艤装を試させるときは必ず那美恵と三千花の二人が担当していたため、三戸はさきほどの那美恵のノリに乗って入ってきたとはいえ、初めて誰かが艤装を試すその場に立ち会うのだ。
「……わかりました。確かに気をつけようがないですね……。」
全然まったく関係ないところで恥ずかしい言葉が出てきたことに流留は驚いたがひとまず平静を取り戻し、その後教えられた同調の仕方を頭の中でじっくり何度もシミュレーションし始める。
「同調始めてもよさそうだったら声かけてね。電源はみっちゃんがリモートでオンにするから。そしたら教えたとおりにしてみてね。」
那美恵が最終確認を含めた説明をした。その後、その場にはしばしの静寂が漂う。
作品名:同調率99%の少女(8) - 鎮守府Aの物語 作家名:lumis