Quantum
シャカはむろん、その他の黄金聖闘士たちも女神の前に傅いていた。集まった黄金聖闘士たちに下された女神の勅命は教皇とシャカの脚本通りの台詞。涙すら浮かべて見せたアテナは立派な女優であると思うとともに、若干の不信をシャカに芽生えさせたのは副産物的なものだろう。
神妙にアテナのことばを受け止める面々。教皇の身に起こった不幸話を嘆き悲しむ者、数名。驚き狼狽える者、数名。怒りを露わにする者、数名。眉ひとつ動かすことなくただ静かに受け止める者、一名。
それらを俯瞰して見る者……それは本来シャカだけのはずだと思っていたのだが、もう一名いた。サガである。周囲に悟られぬように十分注意しながら観察していたシャカ。瞑目しているにもかかわらず、サガと一瞬目が合った気がした。サガも仲間たちの動向を静かに観察していたのだろう。それが不気味に感じた。
「―――ただ、皆には注意してほしいのですが、シオンを元に戻すためにはその賊をこの聖域に連れ戻す必要があるのです」
凛としたアテナの声が響き渡り、シャカは意識をアテナに戻す。
「冥界の手先かもしれない者でもですか!?」
「私にもあの者の詳しい出自はわかりません。あの者が冥界の手先とは限らないのですよ、ムウ」
普段の余裕など全く感じられないムウが女神のひとことひとことに噛みついていた。
「たとえ。そうだとしても―――」
「つまり、殺すことなく生け捕れということですか?」
ムウの肩に宥めるように手を置きながら、落ち着いた声でカミュが尋ねると、アテナはこくりと頷き返す。
「ええ、彼の者と同時に所在不明となった神殺しの剣の在処についても聞かねばなりませんから、必ず生け捕りにしていただきたいのです」
神殺しの剣って……一体、何ノコトデショウカ??
まさかのアドリブまでぶっこんでくるとは……思わず頭を抱えそうになりながら、シャカは無表情を何とか保っていた。
「では幾人かでチームを組んで捜索に当たった方が良いかもしれないですね」
「それは……なりません」
アイオロスの提案にアテナはあっさり却下した。さすがにシャカでも黄金聖衣なしで黄金聖闘士に集団で来られるのは堪ったものではない。それに対集団戦は前回で懲りている。
「なぜでしょうか?」
「貴方たちの小宇宙が塊となれば、すぐ相手にバレてしまって、逃してしまうことになるでしょう?それに私は集団での戦いは好みません」
好みませんっ……て。
周りを見渡せば、そのモットーのおかげで色々と苦労しているんですよ?と言いたげな皆の表情であった。まぁ、今回はそれで救われる立場となったシャカはその場の微妙な空気に薄ら笑いを浮かべるしかないのだが。
その後もしばらく久しぶりに集まったこともあってか、話し込んだのち、ようやく解散となった。いそいそとその場から離れようとするムウに声をかける。教皇シオンに付き添うつもりなのだろう。
「ムウ、大丈夫かね?」
ひどく疲弊した顔色のムウに大丈夫かなどと言えた義理ではないのに、我ながらよく言うなと自嘲気味になりながら、常の無表情で接する。
「ああ、シャカ。まさかこんなことになってしまうなんて。何と言われようと私はシオンのそばにいるべきだった。またこのような……なぜあのシオンがこうも無防備で迂闊なことになったのか……一度で懲りたでしょうに、ほんとうに馬鹿な人だと思わない?まったく、私がおらぬ間に、どこの馬とも知れぬような者を近づけるから、こんなことになったんだよ、ほんとうに」
結構な扱き下ろし具合にシャカは苦笑するが、毒舌ぶりとは裏腹に無理やり笑んでみせるムウが痛々しくて、シャカは言葉に詰まる。シャカ自らが「教皇よ、お休みなさい」提案しておきながら、早くも後悔しそうになる。こんなことならば、いっそ幻朧魔皇拳でも喰らった方が得策だったか……と。だが、「一発ヤラレル」というのも腑に落ちないし、絶対回避したいところでもあったので、やはりここは譲れない……などと内心で激しく葛藤しつつ、どのみち、どう足掻いたところでもう始まったこと。粛々と事を進めていかなければならないのだ思い直す。
「それで、きみはシオンの傍にずっといるつもりかね?」
「ええ。ジャミールには貴鬼を残してきているし、誰かが訪ねて来るようなことがあれば知らせるようにと言い含めて来ているから」
「そう、貴鬼はジャミールかね……」
独りごちるように呟くシャカにムウはそれではと切り上げ、肩を落としながら教皇シオンが眠る場へと向かっていった。その背をしばらく見送っていたシャカは背後から名を呼ばれ、振り返った。