Quantum
「シャカ、ちょっと」
シャカを呼んだのはアイオリアやミロ、カミュ、アルデバランといった面子の一塊だった。その奥ではアイオロスやサガ、アフロディーテにシュラ、デスマスクがアテナを囲んで話し込んでいる。
「―――ムウはなんて?」
「ムウはしばらくシオン教皇のそばに付き添うということらしい」
アルデバランの質問にシャカが先刻ムウが向かった奥へと顔を向けながら答えると、アイオリアが顔を曇らせた。
「なんだか……厭な感じだ」
「アイオリア?」
「おまえたちもそう思わないか?まるであの悲劇を繰り返しているみたいだ、と」
「………」
硬さを持った声でアイオリアが一層表情を険しくし、ある一点を見つめた。その先を自然、皆が追う。そこにはアテナと談話しているアイオロスたちの後姿があった。彼らからすれば我々が死角となっていることはある意味幸いだっただろう。
「アイオリア、君は―――」
カミュは心配したようにアイオリアの肩に手を添えた。
「あの時とは状況が違うだろうが。教皇は生きていらっしゃるのだし」
「だから安心だというのか?そんなにあいつらのことを簡単に信じられるものなのか?」
「おいおい、本気で云っているのか、おまえ」
大仰に驚いてみせるミロは悪い冗談だろうとでも思っていたようだが、一向に表情を和らげようとしないアイオリアにようやく冗談ではないのだと悟ったらしく、笑んでいた顔を歪ませ、眉間に皺を寄せた。
「ああ、本気だ。前と違って確かに教皇も兄貴も生きているさ、実際、あの通りにな。だからといってまたあいつが精神破綻をきたさないと誰が約束できる?それに、デスマスクたちだって。あいつらが牙を剥く可能性だってあるだろうが。正義のためとか、アテナのためとか、尤もらしい態のいい言葉を振りかざして俺たちを裏切り、仲間を傷つけたのは一度だけじゃない」
「アイオリア……」
怒りに震えるアイオリアの肩に置かれていたカミュの手が離れていく。それがとても悲しいことのようにシャカには思えてならなかった。今までアイオリアが黄金聖闘士の仲間たちをそのように捉えていたとは露とも考え及ばずにいたことだ。きっと、カミュもそう感じているのではないのだろうか。憐れなほど顔を蒼褪め、狼狽していた。あの十三年間、そして聖戦においての対立。
アテナのためにとはいえ、互いが正義をぶつけた結果ではあったが、有り体に云えば裏切り行為でもあったのだ。特にサガが教皇として振る舞っていた十三年間はシャカたちが思う以上にアイオリアに心の傷を…深い闇を植え付けたとしてもおかしくはない。当然といえば当然のこと。だが、アイオリアの陽の気質が周囲をそうは思わせなかっただけでしかない。あらためてアイオリアとの相違を目の当たりにして、皆、言葉を失くしていた。
「シャカ、おまえだってそうだ。あいつらに拳を向けられただろうが。カミュにもな」
「―――っ!」
「おい、アイオリア、違うだろ、それ!」
さすがに聞き捨てならなかったのか、ミロが噛みつく。思わず、なのだろうがアイオリアの腕を掴み上げたものだから、アルデバランが慌てて間に入ってその手を離させた。
「なんだよ、あの時はおまえだってこっち側だったろうが」
「まぁまぁ、アイオリア」
「アルデバラン、下がっててくれ」
アルデバランの巨体を押し退けるようにして、今度はアイオリアがミロに掴みかからんばかりだ。さすがに拙いとシャカもアイオリアに手を伸ばし抑えにかかる。
「やめたまえ、アイオリア」
「あの時は確かにそうだったけど……」
「だったけど?今は違うということか、ミロ」
「いや、そうじゃなくて、だから……俺は……」
「おまえたち、もうこのへんにしとこう、な?アテナたちも気にされているぞ」
辛そうに顔を歪ませるカミュをミロが庇うが、なおも食い下がろうとするアイオリアにミロがたじろいでいた。アルデバランの一言でシャカもハッとして見渡せば、アテナやアテナを囲んで談話していた他の者たちも少しずつ声を荒げるアイオリアやその周囲にいるシャカたちにいつの間にか注目していたようで視線の集中砲火を感じて居心地を悪くする。
「卑怯な手でシャカを殺った事実は消せない!あの時はミロ、おまえだって俺やムウと同じく、あいつらが許せなかったはずだ」
「もういい、アイオリア。頭を冷やせ」
アイオリアを掴む手にシャカは僅かに力を込め、寄り添うように抑える。聖戦の前哨戦ともいえる十二宮での争いの折、サガ、シュラ、カミュの攻撃を受けてシャカは意図して冥界に向かったのだが、その後の経緯についてはシャカはあまり詳しくは知らないがムウとアイオリア、ミロたちとでひと悶着あったのは聞いていた。あの3人との闘いのこと云ってのことなのだろう。
「アイオリア、それは違う。あれは私がああなるようにと彼らに仕向けたことなのだ。だから……」
「なぜ、庇う?シャカ」
「庇ってなどいない、真実だ。アイオリア、一体どうしたというのだ、君は」
ミロから意識を切り替えたアイオリア。どこか縋るような眼差しをアイオリアに向けられてシャカは戸惑った。
「俺は―――」
「なんだ、おまえら。騒がしいぞ。そんな怖い顔をしてどうした?アイオリア」
「っ、兄さん……」
割って入ってきたアイオロス。さりげなくカミュの腰に手をやり引き寄せていたのはシャカの気のせいだろう。うん、きっとそうだ。それはさておき、若干のいかがわしさと場を和ませようとする柔和なアイオロスの雰囲気に少しずつ、アイオリアの尖っていた気が和らぎかけたのだが。
「どうしたんだ、おまえたち?」
アイオロスの後をついてきたサガやシュラたちに気付くとアイオリアは見る間に表情を強張らせ、わかりやすく態度を硬化させた。