Quantum
「ふ……ははは。一番厄介で面倒なおまえの相手をしないで済むなら、賊もラッキーだろうな。手柄は他の者が獲るかもしれないが、いいのか?それで」
「それなら、それでよし」
「本当に呆れたやつだな」
そう云いながらも蹲った姿勢でシャカを見上げていたアイオリアの表情もわずかに緩み、ようやくいつもの太陽のような眩しい笑みを浮かべた。
「おまえはやっぱり、おまえらしくていいな……」
落ち着きを取り戻し、目を細めてシャカを見遣るアイオリア。ようやく肩の力が抜けたようである。シャカにはよく意味はわからなかったが、どうやらアイオリアは悪い意味でいったつもりはなかったようなので曖昧に首を傾げるだけに留めた。
『―――シャカ、少し話がしたいので私のところに来てくれませんか?』
計ったようなタイミングで女神から直接、シャカに念話がかけられた。『承知致しました』とアイオリアには気付かれぬよう、口には出さずアテナ同様、念話にて短く返す。
「さて、君も落ち着いたようだし。もう少し他の者とも話がしたいので私は一度教皇宮に戻りたいのだが、いいかね?」
「あ…ああ。悪かったな、考えなしでおまえの宮まで引き摺ってきてしまって」
気まずそうに視線を外し、肩を上下させたアイオリアはバツが悪いのかポリポリと頬を掻いていた。
「いや、かまわぬよ……ああ、それから、アイオリア」
「なんだ?」
「あまり一人で抱え込むな。以前とは違ってアイオロスもいるのだ。彼と話すがいい。私でよければ話は聞くが、わざわざインドまで出向いてくるのも面倒であろうしな」
「俺が行くのが前提なのか」
「当然だ」
シャカの言葉が心外だとばかりにアイオリアは瞠目したのち、それでも「わかった」と次には小さく笑んで返した。
トンと軽くアイオリアの肩に手を添え、「さぁ獅子宮に戻りたまえ」と告げて、シャカもまた処女宮をあとにした。急ぎ降りてきた石段を今度はのんびりとゆっくり、踏みしめながら昇りつつ、頭の中を整理していた。
シャカとしてはシャカ演ずる余所者への不信感が露わとなるのは予想の範疇であった。だが、実際には視えていない、いやシャカがまったく視ようともしなかった事柄が突きつけられた気がした。そして恐らくこれからも思いも寄らないことを知るのではないだろうか、と。
もしかしたら、シオンは黄金聖闘士たちの間で燻ぶる遺恨を白日の下に晒すことが本当の目的だったのではないのだろうかとシャカは訝しむ。
「―――だとしたら、食えない方だ」
生温かい風を素顔に受けながら、見上げた教皇宮をうっすらと開いた瞳でシャカは見つめた。そして自らは彼らの弱点を攻めていかねばならない立場であることを決して忘れてはならないのだと、気を引き締める。
スウッとシャカが視線を下ろすと、ちょうど人馬宮の入口付近でいくつかの影が動いた。そのまま階段を降りてきた影は半ば辺りで丁度シャカとすれ違うこととなった。