Quantum
「アイオリアは……私の言葉に耳を傾けないだろう。もし、面倒でなければシャカ、おまえの口から伝えてやってくれないか」
力ない笑みをうっすらと浮かべているサガ。アイオリアとの遺恨は今現在も進行形なのだということなのだろう。尋ねるべきか、否か……迷っていると、察しのいいサガのほうから切り出してきた。
「この前でわかっただろう、シャカ。そう、アイオリアとはあんな感じだ。蘇りよりずっと。それも仕方のないことだとは思う。一朝一夕で許されることではないのだから……私がしてきたことは」
「――だとしても、蘇りからはすでに三年経っているはず。君とアイオロスとは視たところ普通に接しているように思えたが……君のことだから、もう二人には謝罪したのだろう?」
こくりと頷き、一度顔を上げたサガはじっとシャカを見た後、再び視線を膝に戻していた。
「アイオロスにもアイオリアにも私なりに誠意をもって謝罪はしたが。アイオロスとアイオリアでは苦しみの種類が違うのだ。アイオロスはアテナへの忠誠に殉じたという自負もあり、矜持もある。それもあって、私の仕出かした愚かな行為に対しても受け止めるだけの余裕があったのだろう」
ふうっと一息吐いて再びサガは続きを始めた。サガがこんなに心の内を語るのは珍しいと思いつつ、シャカは黙って耳を傾けた。
「だが、アイオリアは……おまえも知っての通り、謀反人の弟として謂われなき汚名を着せられ――着せたのはむろん私なのだが……耐え忍んだのだ……十三年という永きに渡ってアイオリアは。それを強いたのは他の誰でもない私だ。正気である時もあったというのに、私は何もせず、ただ黙って指を咥えて、アイオリアが苦しんでいるのを傍観していた。アイオリアが望むならば私は―――」
その先の言葉はサガの口から紡がれることはなかった。
夜明けを運ぶ風が梢を揺らし、葉の擦れる音が聴こえてくる。静かだ。サガは言葉が欲しいのだろうか。それとも、ただ想いを誰かに聞いて欲しかっただけなのだろうか……。
「アイオリアは君が思うようなことを望んでいるわけではないのだろうな。アイオロスも、それにシオン教皇もな」
「―――シオン教皇……か」
僅かに視線を泳がし、茫洋と呟いたサガ。アイオロスやアイオリアたちとは違う反応に違和感を覚える。どこか遠い眼差しはひどく昏いもので。打ち寄せる波が足元の砂を浚うにも似た心許なさにざわつくのだ。
サガは決着していないのだ―――今もなお。
「サガ、君は……」
「ああ、それよりもシャカ。もうひとつ頼まれごとをきいてくれないか」
シオンとのわだかまりを尋ねようとしたシャカを遮るようにサガは申し出た。わかりやすいくらいに、はぐらかされてしまった。せっかくの機会を逃したのだとシャカは内心で舌打ちするが、まぁ焦る必要もないことだろう。
「……珍しいこともあるものだ。君が私に頼みごとをいくつもするとは。とんだ厄介ごとでないことを願うが」
「なに、さほど手間のかかることではないだろう、おまえならば」