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Quantum

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3.

「お寛ぎのところ失礼いたします。ジェミニのサガ様はいらっしゃいますか?」

 難なく任務をやり遂げ……といっても数日は要したが、無事お役目を果たし聖域に戻ることが叶い、恙なきことを教皇に報告するため、向かったのは教皇宮。
 残念ながら目的である教皇は所用のため、面会は叶わなかった。事務方に任務遂行を伝えたのち、サガとアイオロスは数ある控えの間の一室で勝利の美酒に喉を潤していた。
 そろそろ例のお遊びに行こうかとアイオロスが告げた時、扉を開けて入ってきた者を不遜にアイオロスは見遣っていた。扉側を背に長椅子に腰を掛けていたサガは振り返り、何者かと確かめる。

「誰かと思えば……どうした」

 胡乱に目を細める。サガが偽教皇として聖域を支配していた頃、実質的には教皇宮を取り仕切っていた人物だった。
 物腰は柔らかく、いつも微笑は浮かべてはいたが目の奥は冷徹な光を宿し、抜け目のない男。うまくサガすらも操っていたのではないかとさえ思えたが、それでもサガの悪事が露見したあとは教皇宮の隅に追いやられた。

 男はその後も時折はこうやってサガのご機嫌伺いのように訪れる。そのことをアイオロスも知っているため、あまりいい顔はしない。むしろ嫌悪すら滲み出ている。万人に好漢を演じるアイオロスにこうもはっきりと毛嫌いされているという大変珍しい人物である。

 サガに付くよりもアイオロスに媚の一つでも売っておけばいいと思うのだが「サガ様に傾倒しておりますゆえ」と冗談とも本気ともつかぬことをさらりと云いのけ、あながち嘘とも云えないため邪険にする訳にもいかないサガである。

「お時間を頂けないでしょうか?」
「かまないが」

 そうサガが許したにもかかわらず、にっこりと静かな微笑だけを浮かべたままの男。僅かにアイオロスへと視線を動かす。

 なるほど――。

「悪いが、アイオロス。今日はおまえ一人で楽しんでくれ」

 革張りの長椅子に手をかけ立ち上がると、独特の撓る音が響いた。ぴくりと小さく片眉を上げて不服そうな溜息を一つアイオロスは吐いた。

「えー……俺一人で10人の相手はさすがに……まぁ、いいけど」
「おまえ、本気で少しは自重したほうがいいぞ?」

 いいのか?いいんだな……さすが絶倫座。お盛んで何よりである。僅かな会話であったが、それとなく内容を察したらしい男は少し引き気味だ。さもあらん。

「場所を変えるか?」
「お手間をおかけいたします、サガ様。それから――御二方のお時間を頂戴して申し訳ございません、アイオロス様。それではサガ様をお借りいたします」
「いいぞ。けど、この貸しは高いぞ」

 悪い笑みを浮かべながら手を振ってみせるアイオロスに「おい」とサガは返しながら、男は深々と腰を折り、礼を尽くした。そして部屋をあとにする。サガは案内する男の後ろを大人しくついていった。

「相変わらずといったご様子ですね。アイオロス様は」
「ああ。少しは落ち着いて欲しいものだがな。『聖域』には迷惑を掛けぬように気を付けてはいるが、大丈夫か?」

 くすくすと忍び嗤う男は「今のところは」と返した。
 古式ゆかしい長衣を纏い、短く刈りそろえた頭髪はちょうどサガの視線に入る高さ。胡桃色の髪には昔はなかったまばらに色素の抜けた白髪も混じっている。年を尋ねたことなどなかったから恐らく今は50歳手前ぐらいだろうと踏んでいるが。
 抜かりない眼差しが振り返りサガを捉えた。

「今から向かう場所に検分をお願いしたい者がおります。サガ様には気配を断っていただきたく思うのですが、よろしゅうございますか?」
「それは容易いが……何者か」
「教皇様の新しい奥宮様でございます」
「ほう……教皇もお盛んなことだ。しかし、そのようなこと今に始まったことではあるまい。なぜ気に掛ける?」

 ざわりとした感情を胸底に押しやりながら至って平静に答える。奥宮などと、尤もらしい名称だがその正体は公娼のような存在だ。
 教皇とて男。そういった欲は発散させねばならないが、以前は老齢であった教皇は枯れていたのかそのような者は置いていなかった。サガが偽教皇をした時代に復活させたシステムの一つだ。色々と血気盛んな年頃だったからなとサガは眦を薄くする。現在のシオン教皇は壮年の肉体を持ち、健康な男であれば、確かに必要な存在だろう。サガの時もそうであったように。

 ただ、奥宮に色狂いになることが絶対にないとはいえず、また奥宮となった者が寵愛を得んがための不正がはびこらないためにも定期的に人を入れ替えているはずだ。

「通常なれば、まず奥宮様については我ら教皇宮に務めし者が聖域に害なき者か出自やまた閨に置いて危険はないか身体検めを行い、手配することになっておりますことはサガ様もご存じかとは思います」
「ああ。そうだったな」

 今は昔のことであるけれども。

「ですが此度の奥宮様は教皇様ご自身で手配された者。出自を調べることはおろか、身体検めも許されないままで。そして寝所だけに留まらず、謁見の場や執務室まで侍ることをお許しあそばれております」
「それは―――」
「稀に見るご寵愛ぶりに些か我らは懸念を抱いております」
「なるほど。そなたらが危惧するのはわかるが……聡明なシオン教皇のことだ。きっと深い理由があるのだろう。その女性の後ろ盾とやむにやまれぬ利害関係があるのかもしれない」

 すると男はなんとも歪な笑みを返した。

「どうした?」
「いえ。女性ならばもしや還俗し、ご結婚でもなさるのかとも思うのですが」
「―――男なのか?」

 今度はサガが苦笑する番であった。

「いえ……それが今のところどちらとも云い難く。女性にしては背も高く、けれども背の高い女性も聖域には多数おりますし……かといって男性というにはその身は細く可憐で嫋やかすぎて。ああ、しかしアフロディーテ様のようにお美しい方もここ聖域にはいらっしゃいますし……特に十二宮の守護者であられる黄金聖闘士様方は端麗な方が多いですから。なんとも判断がつかぬところが現状です。ごく数人の限られた者以外、御傍に寄ることをシオン教皇様がお許しになられないので」
「たいした可愛がりようだな」

「はい。それゆえにでございましょうか。如何ともしがたい妖しげな魅力に惹かれ、不遜な考えさえ抱く者すら出てきております」
「それは拙いのではないのか」
「ええ、そのような輩は既にシオン教皇が手を打っておられるようですけれども。ああ、こうしてお話している間に、もうすぐ到着です。大抵この時間は中庭で過ごしているはず。2階からなら死角となって向こうからは見えません。柱に身を隠してじっくりと検分していただくにはよろしいかと」
「わかった。気配を断つとしよう」

 会話を打ち切り、2階へと続く階段を上ったあと、石柱の影に身を隠しながら静かに中庭を見下ろす。月光が照らし、生い茂る緑の隙間から噴水と花壇、ベンチが見えた。


作品名:Quantum 作家名:千珠