Quantum
2. Unbelievable
「それは本気なのですか?ですがなぜ私にそのような話を―――」
ムウに言われた通りではないが、それなりの覚悟で臨んだ教皇の御前。用事があるのでジャミールに戻るというムウを思わず引き留めたい衝動に駆られたが、シャカ一人ぽつんと無駄に広い教皇の間でちんまりと拝謁願ったのだが。
教皇ことシオンは拍子抜けするぐらい、和やかな雰囲気でわざわざシャカを呼びつけてまで話したいことの内容を明らかにした。
何を思ってか、「この玉座に相応しき者を選びたい」ということである。つまり、次期教皇を選出したいのだと。そんな聖域の一大事をなぜこの私に?とシャカは思うばかりだ。
どうせならば童虎にでも相談すれば良いことだろうと。愛弟子のムウだってずっと傍に控えていただろうというのに、なぜそのように面倒な―――もとい、大切なことを相談するのかと。
「むろん本気だ。冗談でおまえをわざわざここに呼びつけたりはせぬ。おまえはこの座にも、聖域にも、興味はないと口走っていたことを記憶している。おまえらしいといえばおまえらしいと思ったものだ。そこでだ。どうせなら、有意義に使わぬ手はないと思うてな」
「まぁ、確かに以前そのような話をしたような気がしますが。今の聖域には優れた者も多いですし、私一人欠いたところでさして障りはないでしょう。私はインドですべきこともあります。何より教皇、私はあなたのように人の上に立つ器ではないと自覚しておりますので」
要するに今の聖域には人も足りており、少々のことでは揺らぐこともないだろうし、何より面倒くさい教皇職などなんの魅力もないのだと云わんばかりに吐き捨てる。シオンはその辺りのシャカの性質もよく理解しているようで、ふんと鼻を鳴らす程度で受け流した。
「人の上に立つ気質ではなくとも、人を支える気質は十分に持ち合わせておるだろう。おまえにはおまえにしかできぬことをしてもらうつもりである。選考のことはあやつらには秘匿したままで執り行う予定だ。そこで、おまえには試練のひとつになってもらおうではないか」
にんまりとおおよそ邪悪にしか見えないような笑みを浮かべられて、思わず背中が寒くなるシャカは怪訝に眉を潜めた。
「私に試練となれ――と?」
「ああ。わしがいうのもなんだが。教皇という役はそれなりに重い。アテナ不在の折には実質のトップとして動かねばならない。聖闘士の長としての実力も備え、人望厚く、統率力に長け、時に冷徹な勅を下すことのできる者を選び出さねばならない。わしの中ではおおよそ思い当たる者はいるが、以前のこともある。果たしてその者を推すことが間違いはないのかといえば、わからないのが真実である」
明言を避けたシオン。該当する人物の名をシャカなりに思い浮かべるが、シャカもまた口には出さずにおいた。
「そこで、シャカ。おまえには試しの一つとなって貰い、判断の材料のひとつとしたいわけだ。黄金聖闘士としての力量はまず間違いないであろう、おまえに力を借りたい。おまえならば、同僚相手でも多少のことではくたばったりはしないだろうしな」
「たかが試しの一つとなるために……くたばりそうな目に私は会わねばならないので?」
胡乱げに教皇を閉じた眼差しで眺める。そんな厄介ごとは御免こうむりたいものである。
「さてな。それはシャカ、おまえ次第であろう。拳で試すもよし、論破するもよし。婦女子ならば色仕掛けというのもあるが、さすがにおまえでは無理がありそうだな。あははは」
「お戯れもほどほどに。しかし、単純に力比べをお望みならば、闘技場で拳闘会でも開けばよろしいのではないかと私は思うのですが」
「まぁ、そういうのも一つの手ではあるな。色々な仕掛けは考えておるし、今後の参考にしよう」
にんまりと人の悪い笑みを浮かべる教皇に薄ら寒ささえ感じながら、「さようで」と答えるにシャカは留まった。