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Quantum

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幕間−其の弐−

1.

「――いかがでございましょうか」
「これだけ掻き集めるだけでも、結構な手間暇を要したのだろうな」

 パサリと一枚の紙をサガはテーブルに置いた。たった一枚の紙。しかもその半分以上は毎日の食事の内容や、一人で教皇宮を散歩している時間や場所といった他愛ないもので報告書というにはおこがましいほどであるが。

「ええ。こちらの予想以上に、奥宮様の素性は元より様々な事柄に関してはかなり厳重な秘匿扱いとなっており、当初の見込みより少ない情報しか集められず、お恥ずかしい限りです。また何かわかりましたら、お知らせに上がりたいとは思いますが。然程成果が得られるとは思えないのが現状でございます」
「そうか」

 もう少し情報が欲しいところだったが、この男にしてこの程度しか収集できなかったのだとすれば、超極秘事項として教皇命が下っているのだろうということだ。そうまでして彼の者の正体を隠さなければならない理由があるのだとすれば、ますます知りたいとサガは思うのだが。

 それでも、多少得られた情報の中で注視するものがあるとしたら、食事内容だろうか。

「……菜食主義者か?それにしては随分と小食だな。靄か霞でも食しているかのようだ」
「はい。女性並みか、もしくはそれ以下でございますね」
「確かにな」
「ですが……これとよく似たお食事をおとりになっていた方を存じております」

 伏し目がちに、そして見上げた男の眼差しのひどく冷えた様は爬虫類を思わせるものだ。

「それは――」

 誰だ、と尋ねる前に男が深く礼の姿勢を取り、顔を上げた。

「畏れながら今はまだ不確かなことゆえ、申し上げられません。ところで、彼の者との接触、いかがでございましたか?」

 多少強引に話を切り替えたところをみると、話す気はさらさらないといったところか。こういったところではこの男は頑として譲らない気質であることをサガは知っていたため、仕方なく話を合わせる。

「そうだな――」

 数刻前、ようやく叶った謁見。心穏やかに見定めるというわけにはいかなかった。今思えば、多少なりとも熱くなった自分が少々気恥ずかしいとさえ思うほどに。

 訪れた教皇の間において密着過多な二人の姿を見て、無性に胸がざわついた。シオン教皇に対してなのか、それとも正体不明の者に対してなのか――その境は明白ではなかったが、確かな苛立ち、負の感情を持て余した。
 それでも間近で観察できる絶好の機会を逃すこともないと食い入るように見つめた。

 件の者はシオン教皇の膝上に抱かれながら、わずかにサガの方に顔を向けた。残念ながら前回、垣間見た時と同様に口元以外は布に覆い隠されていたため、容姿はまったく掴めなかったけれども、醸し出される『何か』によってサガは総毛立ち、圧倒されるものがあった。

『何か』はあの夜に見た月光のごとく儚い光のようなものではなく、むしろその周囲を覆う静かな闇の仄暗さのようで。例えるなら、遥か昔から息を潜め、生き続ける聖域を蝕む闇の化身とでも云えばいいのか。かつてサガ自身を蝕み続けた深い闇の精神が姿形を変え、残酷で甘美な世界へと誘おうとするかのように、再びサガの目前に現れたようにも思えた。

『――ほう、なにが気に入らぬのか、サガ。ならばこの玉座を二度、奪うがよい。そしておまえが思う正義を布くがいい』

 ほんの少し気を許すだけで、あっという間に陥落するだろう抗いがたい誘惑に対して、なけなしの矜持を奮い立たせた。だが、ことさら煽るようにシオン教皇は心ない言葉でサガを射た。目を細め、口端をゆるく上げるシオン教皇。サガの内心などとっくに見透かしているとでも云わんばかりな態度だった。

 シオン教皇の魂胆に乗ってしまった感は今になって考えれば否めないが、余裕のないあの時では精一杯毛を逆立てて威嚇する猫のように睨み付け、沈黙という形でサガは答えるしかなかったのだと自らに言い訳を重ねるしかできない不甲斐無さ。

「―――悪しき者でございますか。彼の者はサガ様にとって」

 地を這うような低い声に引き戻されて、サガは男の方に視線を戻す。すっかり自分の世界に嵌りこんでいたようだと苦笑する。それを男はどう取ったのか。底の知れぬ相手は様々な算段をしているのだろう。少しだけ男は目元を温かく緩めたが、口からついて出た言葉は逆に肝を冷やすものだった。

「幾らでも奥宮様の代わりとなる者など、ご用意できます」
「……そうだな。かつて私が偽教皇として君臨している間もずっと、そうやって私の秘密を守ってきたのだったな」

 きっと他愛なく可及的速やかにやり遂げることだろう。この男なれば。己が信じる正義に身を投じるがごとく、躊躇うことなどもせず、あの細首を縊るのだろう。

「すまないが、一人にしてくれないか。少し考えたい」
「サガ様?」

 解せぬというように首を傾げる男。まだ何か言いたげに口を開けかけたため、先手をサガは打った。つまりはその場から瞬間移動――逃げたというわけだ。

「同じ過ちを繰り返すなど、愚の骨頂だ……」

 鬱々とした気持ちを抱えながら双児宮を出てみれば、上弦の月と星が程よく譲り合って夜空を彩り、吹く風もまたサラリとしたもので、心地よい夜風となってサガを慰めてくれた。十二宮から僅かに外れたところで当て所もなくサガは歩く。そんな折、サガの張った結界を通り抜ける気配を感じた。まるでサガの横をそっと駆け抜けていく微風のような感覚を与えて。

「このような時間に一体だれが――」

 そう呟いてみたもののサガの知る仲間たちの小宇宙ではなかったため、僅かに緊張が走る。十二宮から遠ざかっていく気配。それはあっという間に聖域の果てまで辿りついていた。侵入ならばまだしも、外へと向かうその気配に一瞬サガは躊躇するが、敵が紛れ込んだとは言い難いが絶対に違うとも言い切れない。

「行って確かめるべき……だな」

 そう判断してサガは黄金色に輝くジェミニを再び纏い、気配のする方向へと駆けた。




作品名:Quantum 作家名:千珠