冒険の書をあなたに
一家が戻ってしまい婚礼衣装のまま修道院に残された二人。
ルヴァは先日リュカからこの海辺の修道院の話を聞いてある決意を持っていた。
「さて……これからどうしましょうか。とりあえずこの荷物だけ置かせて貰って、ちょっと外に出てみますか」
なんとなく二人きりが気恥ずかしくなったアンジェリークが、伏し目がちに頷く。
「その格好では動くのも大変でしょうけど……もう少しだけその姿でいて下さい。今すぐに着替えてしまうのは惜しくて……」
魔を封じるという聖水を振り掛けてからアンジェリークはドレスの裾をからげて少しずつ歩き、二人は修道院の前の浜辺へと出た。
緩く曲線を描く白い砂浜が陽光に照らされてきらきらと光を放ち、時折吹き渡るそよ風は潮の匂いを連れて、火照った肌の温度を僅かに冷やした。
魔物が現れるということもあり、昼だというのに辺りに人は見当たらない。
「やはりこの時間は暑いですねー。アンジェ、大丈夫ですか」
見ればヒールを脱ぎ捨てて楽しそうに歩いていた。
「ええ何ともないわ。でも着替えて水遊びしたくなっちゃう」
ゆっくりと寄り添って歩く間、二人の手が自然に繋がった。ルヴァはアンジェリークの指にそっと自分の指を絡ませて、静かにその歩みを止める。
「アンジェ……この姿のままでね、ひとつだけやり残していることがあるんですよ。何だと思います?」
明るい陽射しを取り込んでいつもより淡く見える翠の瞳が、翳りのない眩しい笑顔へと変わった。
「ターバンね?」
心の奥底をも照らし出すようなまっすぐに届く声に、ルヴァも静かな笑みで答えた。
「ご明察。では分かったところで外してくれますか」
すっと片膝をついて待つ。アンジェリークがそっとターバンに触れて、さらりとした生地が解かれていく。
「先程は神様に誓いましたけど、私には見たこともない神様よりも誓いたい人がいましてね」
ルヴァは髪に触れていたアンジェリークの左手をそっと取り、唇を寄せた。
「いついかなるときもあなたを愛し、敬い、そして支えていくと────あなたに誓いますよ、アンジェリーク」
日向のような温かい笑みで紡がれた言葉は、アンジェリークの睫毛を濡らすには充分すぎる力を持っていた。
「わたしだって……ずっとあなたを愛していくって誓うわ、ルヴァ」
丁度そのとき、修道院から六時課を告げる鐘の音が響いた────
祝福の如く響き渡る厳かな鐘の音に導かれるように、ルヴァの手が力強くアンジェリークを引き寄せる。
想いを告げたときよりもずっと細くなった背を思い切り掻き抱き、口付けを交わしながら囁く。
「在天願作比翼鳥、在地願爲連理枝……!」
彼女に息継ぎの暇を与えないほどの激しい口付けは、明日にはまた訪れる別れへの未練と覚悟、そのどちらもの意味を持っていた。
どんなに離れていようと、逢えなかろうと、想う心だけは誰にも縛れない────かけがえのない、自由。