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しょうきち
しょうきち
novelistID. 58099
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冒険の書をあなたに

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 一方その頃、アンジェリークは────寝室に連れてこられていた。
 城の古そうな外観とは裏腹に妙に小奇麗な室内には長椅子が置いてあり、そこへ座らされたものの足枷をはめられてすんなり逃げ出せそうもない。大男はアンジェリークを隣に置いて酒を飲み始めている。
(今すぐどうこうされるって感じでもないし、時間さえ稼げばルヴァはきっと助けに来てくれる。だけど、わたしがここにいるって知らせる方法を考えなくちゃ……今のわたしにできることは何?)
 女王としてのふるまいがすっかり板についているせいか、こういう状況でも顔色を変えずにいられた。それでも先程ルヴァが斬られたときだけは────心臓が縮み上がる思いだった。

 ルヴァは無事だろうか。もし……もしあのまま彼が助からなかったら。
 そこまで考えてぞっと背筋が凍った。
 あの人がいない世界なんて、もう想像すらできない。生きていく意味なんかないように思える。
(でもあのとき……何か考え込んでる感じだった。ルヴァなら絶対、絶対、立て直して来る筈だわ。だからそれまでは頑張らないと)
 そしてひとつだけ固く心に決めた────彼がもし息絶えていたなら、どんなに怒られてもなじられても、この生に終止符を打とうと。

 ふいに大男が盃を寄越してきた。
「おまえも飲め」
 ぐいと手の中に押し込まれたものの、アンジェリークは口角を上げてやんわりと断った。
「ごめんなさい、わたし飲めないんです。すぐに吐いてしまうから……お酌だけさせて頂くわ」
 実際はそこまで下戸ではないが、通常は吐いてしまうと言えば余り無理強いはされないものですよ、とルヴァに教わったことを覚えていた。
 吐くほど飲ませて酩酊状態にさせる必要は、この場合あるとは言えない。既に力ずくでどうにでもできる状況だからだ────アンジェリークはその点にも気が付いていた。単純に一緒に飲みたいだけなのだろうと。
 淡々と酌をしながら、情報をより多く集めようと試みる。何ならそのまま酔い潰れてしまえばいい。
「お酒、お好きなんですか」
「ああ」
「ルラフェンっていう町の地酒は美味しいと評判ですね。お友達が褒めていました」
「おれも……あの地酒は旨いと思う。熟成段階によってもかなり味が違うが」
 どうぞ、と更に注ぎ足していく。背を撫で回す手が凄まじく気色悪かったが、顔に出さないよう必死で堪えた。
「あの……わたしはアンジェリークって言います。あなたのお名前は?」
 小首を傾げてふんわりと微笑んでみせる。危険な賭けでもあったが、相手のガードを緩めるには手っ取り早い。
「……カンダタ」
 かかった────とアンジェリークは内心ほくそ笑む。
「カンダタさまと仰るんですか、素敵なお名前ですのね」
 こんな低脳の筋肉バカなぞ足元にも及ばないくらい癖のある守護聖たちを纏めながら女王をやっているのだ、この程度の笑顔とおべんちゃらは容易い。ルヴァには絶対に見せたくない一面ではあるが。
 もう少し分かりやすい色仕掛けでどうにかできそうな感じはあるものの、それをするとシチュエーション的にとても危ない。ここは適度な距離感が大事だ。
 それからアンジェリークが話しかけては短い返事が返ってくるのを数回繰り返し、彼の目的が本当は人身売買ではないこと、昔は鎧を身につけていたことなどを聞き出した。
 アンジェリークは開いた口が塞がらなかった────自分を攫った理由が「一目見て気に入ったから」などと言うのだから。
 しかしそういう話ならばチャンスは作れると思い直して、更なる時間稼ぎに打って出る。
「カンダタさま、わたし歌が得意なんです。良かったら一曲聴いて下さいませんか」
 恥ずかしそうに頬を染め、口元に手を当てて見せた。
 勿論これも演技だったが、カンダタはものの見事に引っかかった。
「そうなのか……なら歌ってみせろ」
 やだこの人なんか素直、と内心バカにされているとは露ほども気付いていないようだ。
「古い歌なので、お気に召して頂けるかは分かりませんけれど……」
 すっと立ち上がり、カンダタから少し離れた場所へと移動する。足枷はただ重たいだけで全く動けないわけではない。短く息を吸って歌い出す。
 彼は知らない────この歌にはある秘密が隠されていることを。
「嗚呼──眩き夜明けの空輝けり、色は金色(こんじき)の地平の果て目指して──」
 根は真面目な性分なのか、カンダタはアンジェリークの歌声にじっと耳を澄ませて酒を呑んでいる。
「嗚呼──廻りゆく月の船。神の鳥、永久(とこしえ)を抱きあまつみそらを舞う──」
 歌い終わるとアンジェリークの体が淡く発光して、立ち昇った丸い光の粒が頭上で一纏まりになって部屋の外へと飛んで行った。
(……やった、成功!)
 これでルヴァの後押しが出来たはずだ────水鏡であの歌を聞かせてくれたマーサへ感謝を捧げた。
 「おおぞらをとぶ」という名で天の詩篇集に綴られていたのだが、いつ誰が作ったのか分からないほどに古い歌なのだと、あの日エルヘブンの長老たちが教えてくれた。
 マーサはこの歌を好んで口ずさみ、窓辺から小さな光る鳥が飛び立つのを幾度も見かけたのだという。
 そしてその鳥は想い人を連れて来てくれるという伝説の鳥なのだと聞かされた。
 それが本当かどうかは分からないが、マーサが歌い続けたのなら何がしかの効果がある筈だ。やってみない手はない。
「まだ覚えたてで、あんまり慣れてなかったんですけど……聞いて下さってありがとうございました」
 えへへとはにかんで見せるとカンダタの覆面の下、口元が僅かに笑みの形になっていた。アンジェリークの魂胆に気付いている様子は見受けられなかった。

作品名:冒険の書をあなたに 作家名:しょうきち