冒険の書をあなたに
「わたしたち、何歳に見えます?」
ビアンカからの唐突な問いに、ルヴァは女性からのこの手の質問は少々苦手だ、とアンジェリークに視線を投げた。視線を受けて軽く肩を竦ませた彼女がすぐに答える。
「んー。とてもお若く見えますけど、あの子たちは十歳ってことだし、二十代後半とか……三十代前半くらいでしょう?」
若き王と王妃の目に物悲しさが宿り、二人は力なく笑う。
「ぼくらは二十二歳です」
だが それでは 計算が合わない! ──と、黒いウィンドウが出たかどうかはさておき。
ルヴァの中でなるほど、と合点がいった。
「……肉体の年齢と、本来の年齢にずれが生じている、と。そういうことですね?」
聖地と外界との時間のずれ。それを身をもって経験しているルヴァには容易い推察だった。そしてその推察が正解であることを、二人の唖然とした顔が如実に物語っていた。
「……凄いわね。この話を一度で理解できた人、今までほとんどいなかったのに」
そんなビアンカの呟きに、ルヴァはそれはまあ特殊な生活をしてますから──と心で付け加えた。
瞳に切なげな色を宿したリュカが重い口を開く。
「あの子たちが生まれてすぐ、ビアンカが魔物に攫われたことがありましてね。ぼくと仲間たちがすぐに助けに向かったんですが、そこで二人とも、石に……されてしまって」
少しだけ言葉を詰まらせたリュカの背を、ビアンカが優しくさする。
「それから約八年間、ぼくは石になったまま季節の移ろいを見ていました。石化を解いてくれたのは、すっかり成長した子供たちでした」
アンジェリークの翠の瞳にじわりと涙が浮かぶ。
「じゃあ……あなた方は、あの子たちの可愛い頃を見ることが出来なかったんですか……」
アンジェリークの言葉にリュカは静かに頷いた。
「はい。サンチョがその間、子供たちを守り育ててくれました。ビアンカを助け出せたのはつい最近のことで……さっきも言いましたが、二年、かかりました」
もう離れることはないとでも言うように、二人の手が繋がれる。
「……過ぎてしまった時間を戻すことはできませんが、ぼくはもう家族と離れ離れになりたくないし、誰も失いたくない」
「頑張ってお母さん助けようね、リュカ」
唇を噛み締めてひとつ強く頷く彼の手をぎゅっと両手で包むビアンカ。
その深い決意を秘めた二人のまなざしを、アンジェリークはとても綺麗だと見惚れた。
「ああすみません、こんな身内の話ばかりして。……なんだか、あなた方にはつい話してしまいたくなりますね。不思議な方たちだ」
そっと目頭を押さえてリュカが立ち上がる。
「そろそろお開きにしましょうか。明日はぼくの仲間たちを紹介しますよ」
ビアンカもリュカに続いて立ち上がる。
「おやすみなさい。……あ、アンジェさん、ちょっと来て」
片手で手招きをしてアンジェリークがビアンカと連れ立って隅へと移動していく。
足元に置いていたらしい包みをアンジェリークに手渡して何か会話をした後、それじゃ、と手を振りさっさと退室していったのを見て、リュカが慌てて後を追う。
「ビアンカ! もー、また一人で先に行くー。じゃあお二方おやすみなさい! 明朝、ルイーダの酒場前でお待ちしてます! ……こらー、待て!」
残されたルヴァとアンジェリークが扉からひょっこり顔を出してみれば、少し先で既にリュカが追いつき、あっという間に捕まえたビアンカを軽々と肩に担ぎ上げて楽しげにそのまま走り去っていくところだった。きゃあきゃあと喚くビアンカの声が響く中、サンチョが子供部屋とおぼしき扉から飛び出てきて二人を叱り付けている。
「坊っちゃん! お子たちに示しがつかないのでお止め下さいと何度申し上げれば分かって下さいますか! 廊下ではお静かに! いい大人が二人して何をやっているんです!」
暫し奇妙な沈黙が二人を包む。
「……なんでしょうね、この微妙な既視感」
「ほんとですねえ……サンチョ殿のご苦労が何故か手に取るように分かりますよー……はぁ」