二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」
しょうきち
しょうきち
novelistID. 58099
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

冒険の書をあなたに

INDEX|127ページ/150ページ|

次のページ前のページ
 

 どうしたものかとルヴァが扉に手をかけたとき、ふいに扉越しにビアンカの声がした。
「ルヴァさん、アンジェさん呼んでくれるかしら」
 余りの静けさにまさか息の根を止めてしまったのでは、と少しの危惧を覚えながらルヴァが返事をする。
「ああ、はい。私も一緒に入ってもいいですか」
「構わないわ、ちょっと子分とお話させてやって」
 恐る恐るルヴァが部屋へと入り、まずはカンダタ子分の様子を伺う────もし瀕死にでもなっていたら、アンジェリークをこの部屋には立ち入らせないつもりだった。

 結論から言うと、カンダタ子分は生きていた。
 リュカ一家に囲まれて部屋の中央で小ぢんまりと正座している。確かにボコボコにされた感のある見た目に変わっていた。
「アンジェ、大丈夫なようですからこちらへどうぞ」
 アンジェリークの手を取りカンダタ子分の前へと連れて行く。酷く緊張した様子でアンジェリークが低い声を出した。
「……何ですか」
 カンダタ子分がじっとアンジェリークの顔を見つめ、おもむろに口を開く。
「頼む、おれと一緒になっt」
「お断りします」
 言い終わらぬ内に秒速でお断りされて、僅かに目を見開くカンダタ子分。だが彼はまだ諦めない。
「金輪際盗賊からはきっぱり足を洗って真面目に働く。だから」
「絶ッッッ対イヤです!」
 普段余り見る機会のない眉間のシワが、アンジェリークの滑らかな肌にくっきり三本深々と刻まれているのをルヴァはまじまじと眺めた。
(どうやら彼の一目惚れは本気だったようですが……しかし哀れな……)
 それから似たり寄ったりな会話を5ループほどしたところで、彼女が今にも泣きそうな顔になってきていた。
「……もうやだ、なんで話が通じないの? こんなに断ってるのに……」
 これ以上の会話は不毛と判断したルヴァがそっと歩み寄り、カンダタ子分の前に屈み込んで説得を始めた。
「……あなたがアンジェを気に入ったのは良く分かりました。けれどね、彼女は私の妻ですから……」
 妻と聞いた途端にぎらついた視線でルヴァを睨み上げるカンダタ子分。
「別れろ」
「別れたとしても彼女は今のあなたの元へは行きませんよ。それに……そうですねぇ」
 片手で顎をさすって一旦言葉を切るルヴァ。少しの沈黙の後で再び話を続けた。
「あなた、さっき真面目に働くと仰っていましたね。それは本当でしょうか」
 子供のようにこくりと頷くカンダタ子分の姿に、後ろでリュカが小さく吹いていた。声には出さないが「子供かよ」と口が動いていた。
「本当だ、ちゃんと働く。……少し前までは働いていたんだ」
 カンダタ子分はぽつぽつと盗賊になるまでの経緯を語り始めた。
 それまで林業で生計を立てて暮らしていたこと、昔から人と話すのが苦手なことなどが纏まりなく語られて、ルヴァはそれらの話一つ一つに丁寧に相槌を打ちながら聞き入っていた。
「ではこうしましょう。あなたがきちんと働いて一年辞めずにいられたら、アンジェリークのことはどうぞ煮るなり焼くなりお好きにして下さい」
 静かな声色で出された提案に、リュカ以外の周囲がぎょっとした顔になる。アンジェリークに至っては既に青褪めてしまっていた。
「ルヴァ……!? なんでっ……」
 すがるようにルヴァの袖を掴む手が震えていた。可哀想だとは思うが、カンダタを大人しく退かせる為には致し方ない。
「あなたは一度アンジェを殴っていますよね。正直言いましてね、普通はそんな乱暴な人の元へ大事な人をやれはしませんよ。違いますか」
 ルヴァはつらつらと語られた話の断片から、彼は「女性は殴って言うことを聞かせるもの」と思い込んでいる節があると気付いていた。
「……」
 どれだけ思考を重ねても彼の行動が愛しい相手にする行為には繋がらず、少しも理解できない。だがその行動原理は必ずある筈────ルヴァはまず、それが知りたかった。
「どうしてそこまで惚れた相手を殴れるんです? 愛したなら守りたいとは思わないんですか? あなたの言うことだけ聞いていればいいのでしたら、いっそ見目の良い人形でも構わないでしょう?」
 じっとカンダタ子分を見据えるルヴァの貫くようなまなざしに、周囲が固唾を呑んで見守っている。
 彼にとっては苦言かも知れない────もし仮に女性に平気で手を挙げるような連中に囲まれて育ったのだとしたら、それが正しいと思い込んでいても不思議はないのだ。しかしその価値観のままでは、どう足掻いても幸せに手が届くことはない。
「口先だけならなんとでも言えます。誠実さをちゃんと行動で示して、二度と暴力を振るわないと約束して頂けたら安心してあなたに委ねられますが、どうなんですか」
「……一年だな?」
 カンダタ子分の黒い瞳がアンジェリークを見つめ、ゆっくりルヴァへと視線が移る。
「ええ。きっかり一年、真っ当な仕事に就いて下さい。きちんと続けられた上で、そのときまだ彼女が欲しければ……私が潔く身を引きましょう」
「……わかった、約束する」
 涙目で必死に首を振り嫌だと訴えるアンジェリークを無視する形で、ルヴァは勝手な約束を取り付けてしまう。
「や……やだ、やだ、ルヴァ……そんなこと言わないで、お願いだから……」
 見る見るうちにアンジェリークの瞳から涙が溢れ出た。また泣かせてしまった罪悪感もあってか、ルヴァは更にすがりつく彼女のほうを向くことはない。
 ルヴァの言葉の真意を理解したらしいリュカだけが、穏やかにアンジェリークを慰めた。
「大丈夫、何も心配いりませんよ。落ち着いて」
 しかしそれでもアンジェリークの瞳から零れる涙は止まる様子を見せない。ショックが大きすぎて言葉が耳に入らない様子だ。
作品名:冒険の書をあなたに 作家名:しょうきち