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しょうきち
しょうきち
novelistID. 58099
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冒険の書をあなたに

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 戦いが終わり、リュカは妻と子供に囲まれてこってり怒られている。
 それをちらりと横目で眺めながら、アンジェリークは祝福の杖をかざしてルヴァの傷を癒していた。
「ありがとうございます、アンジェ。大したことはないのでそんな顔しないで下さい」
 緊急事態だったとはいえ愛する人を殴ってしまったことへの心苦しさが、アンジェリークの瞳を曇らせていた。
「でもっ……思いっきり叩いちゃったわ。ほんとごめんなさい」
「殴られるような真似をしたのは私のほうですよ。あなたは何も悪くありません、ですからどうかもう気に病まずに、ね?」
 杖を放り出してルヴァの胸に顔を埋め、涙ぐむ彼女の背を優しく抱き締める。
「そんなに気になさるんでしたら…………」
 ルヴァは苦笑しながら金の髪を梳き、何かを耳元で囁いて彼女の瞳を覗き込む。
 囁かれた言葉に赤くなりつつもアンジェリークはルヴァの唇にそっと自分の唇を重ねた。

────あなたから口付けて下さい。そのほうがずっと癒されます。

 唇が離れた後、ルヴァはこの上なく至福の表情を浮かべてアンジェリークを見つめていた。

 そして船は順調に海蝕洞の内部へと進んでいく。
 魔物たちはこちらの様子を伺っているのか、気配はそこかしこに感じられるものの出ては来ない。ただ規則的な波の音が響き渡り、天井に反射した光が揺らめいている。
 ルヴァが興奮気味に洞窟内を見渡していた。
「とても大きな海蝕洞ですねえ、時間があるなら断層をじっくり調べてみたいところですよー」
 リュカ一家の船がやや小型とはいえ余裕を持って出入りができ、想像よりもかなり広々としていた。
 船は真っ直ぐに進み、突き当たりに明らかに人の手で造られたと分かる神殿が見えてきた。
 下船した一行が気付かぬうちに息を詰めてしまうような、重々しくもどこか粛然とした空気が辺りを満たしている。
 だが体中を覆う重苦しい感覚に、ルヴァとアンジェリークは知らず知らず胸に手をあて、呼吸を整えていた。
「大丈夫ですか、アンジェ……」
「ええ……でも体がだるくなる感じがするわね。とても嫌な空気だわ」
 その言葉に頷いたポピーが掠れた声でぽつりと呟く。
「やだよぉ……なんだか気持ち悪い空気がいっぱい流れてる……」
 そしてリュカが扉を開けようとゆっくり近付いたとき、プックルが背後を睨みつけて唸り声を上げた。
 アンジェリークが邪悪な気配に振り返った瞬間、目の前に現れた存在に総毛立った。
 時を同じくして振り返ったリュカの表情も一気に凍りつく。
「……ゲマ……!? いや、違う……でもあの見た目……」
 宿敵ゲマに良く似た魔物が二体、ニタニタと薄気味悪い笑みを浮かべこちらへ近付いてきていた。
 ピエールが列の後方にいたアンジェリークとルヴァを守るように素早く魔物の前へと進み出て、剣を構える。
「ネクロマンサー……! 生粋の闇の住人です。とうとうこいつらまで!」
 ピエールの言葉にリュカがじっと敵を睨みつけ、ドラゴンの杖を握り締めた。
「……最初にエルヘブンへ向かったときには出遭わなかったよな、あいつ……」
 ピエールが頷いて、言葉を紡いだ。
「これまで単に遭遇しなかっただけなのか、それともようやくお出ましになったと見るべきかは判断をつけかねますが……いずれにせよ、気を引き締めていかねばなりません」
 アンジェリークは恐ろしさにかたかたと震えたままルヴァの腕に取りすがる。
「ねえルヴァ……あれ、パパスさんを殺した人にそっくりなんだけど……どういうことなの? ピエールはネクロマンサーだって言ってるわ」
 辺りに漂い始めた腐臭、そしてカビの匂いに顔をしかめながら、ルヴァは知り得る知識を懸命に探し出す。
「ネクロマンサー……死霊魔術師ですね。過去や未来の情報などを知るために死体に仮初めの命を与える黒魔術を行う者────」
 アンジェリークが怯えるのも無理はないとルヴァは思った。
 この魔物は今まで出会ってきた魔物とはまた種類の違うおぞましさを持っている。それは彼女が持つ慈愛とは対極にあるものだ。
「ゲマ、と言いましたか。それがパパス殿を殺害したものの名であるなら、あのネクロマンサーの容姿はリュカを動揺させるために作られたもの、と考えられますね」
「ぼくを?」
 険しい表情のままルヴァは頷く。
「彼らは死霊を扱う存在であり、また彼ら自身もアンデッドである場合、魂の器とも言える肉体はオリジナルか誰か別の存在、どちらも選び得るのではないでしょうか。そしてその目的の一つには……」
 浮かんだ答えを言いかけて、はっと口をつぐんだ。
 もし戦意を喪失させるだけならば、ゲマの容姿に似せるよりも彼の父パパスに似せたほうが効率がいい。
 今の彼が宿敵を見て怯えるだろうか────答えは否だ。だとすれば狙いはどこにあるのだろう。
 艱難辛苦を乗り越えて宿敵を倒せるだけの力を身につけ、その上で宿敵を前にして浮かぶ感情は──怒りだ。
 怖気で肌が粟立つ不快さを堪えながら、ルヴァが導き出した一つの仮説を口にする。
「これは仮説ですが……あなた方を怒らせ、冷静さを奪い、沸き起こる悪しき感情が彼ら魔物の糧になるのだとしたら」
 ふっとリュカの口の端が上がった。
「……なるほど、あいつらに力を与えてしまうってことですか。ゲマらしいゲスいやり方だ」
 ビアンカが酷く小ばかにした口調でぼそりと呟く。
「ゲスい魔物の略でゲマよ、きっと」
 思いの外はっきりと響いたその言葉に一同が一斉に吹き出して、辺りの重苦しい空気がいっぺんに和らいだ。
作品名:冒険の書をあなたに 作家名:しょうきち