冒険の書をあなたに
ポピーとティミーが駆け寄ってくる。
二人ともルヴァの血塗れの姿を見て一瞬青褪めていた。
「うわっ、お兄ちゃんボロッボロだね……ベホマしとこうか?」
二人の心配そうなまなざしに笑顔を向けるルヴァ。
「あーいえいえ、一応回復はしているので大丈夫ですよ、ティミー」
「ルヴァ様、それじゃあ『ファイト一発』をあげますから良かったら飲んで下さい。滋養強壮の効果があるから、元気になるの」
ポピーはそう言ってしっかり栓がなされた赤いフラスコ瓶を鞄から取り出し、ルヴァに手渡した。
「おや、何だか貴重そうなものをありがとう、ポピー。あとでいただきますねー」
「ファイト一発」と呼ばれたフラスコ瓶を大事そうに抱きかかえたルヴァへ、リュカが口の端を上げる。
「そうそう、我々男には必要ですよねー『元気』……痛って!」
ガスッと鈍い音を立ててビアンカの蹴りがリュカの向こう脛に入った。
ルヴァはそれをちらりと視界に入れてしまい、困った表情で頬を掻きながら慎重に言葉を選んだ。
「あー……。仰りたいことの意味は把握しましたが、私は賛同しかねますよ……」
ゲシッともう一撃蹴りを入れてから、ビアンカがやや引きつった笑顔で切り出した。
「そ・れ・は・と・も・か・く! ここ、魔物がいなくない?」
辺りを見渡してみても、魔物の影がどこにもない。アンジェリークがおもむろに口を開いた。
「そうね、なんだか空気も少し綺麗な気がするわ。でもなんだか懐かしい空気も少し混じってて、変な感じ」
一行はそろりと階段を上った。そこは突き当たりに滝が流れ落ちているものの、その先に道はない。
手前の広場には大きな女神像が三体、何かを求めるように両手を差し出している。
ルヴァが早速その女神像へと近付き、隈なく調べ回った。
「重ねた両手の中に、何かはめ込むような小さな穴がありますねー。どれも同じ構造のようです。同じ形の小さなもので、三つあるもの……」
リュカとビアンカ、ポピーが顔を見合わせて頷き合い、三人が指輪を外して手のひらに載せた。
「これじゃないかしら。わたしたちの結婚指輪、炎のリング、水のリングと、たぶんマーサお義母様のだと思うけど、命のリング……」
ポピーの手の上にある命のリングは、瑞々しい新緑のような緑色をしていた──ルヴァはそれがアンジェリークの瞳と同じ色だと気付き、僅かに目を見開いた。
「お父さんがこの指輪をつけてお祈りすると、おばあちゃんのお声が聞こえるの」
嬉しそうにポピーが話している間、アンジェリークの耳に聞き慣れた歌声が小さく聴こえ始めていた。
(……どこから?)
指輪からかと思ったが、違った。
しきりに辺りを見回して途切れ途切れの声の元を探すアンジェリークに、ルヴァが声をかける。
「アンジェ? どうしたんです?」
「……また歌が聴こえるの。どこからかなって思って……」
指輪からではないとしたら、また水鏡だろうか────そう思って石畳のへりへと駆けていき、下を覗き込んだ。
そこは海水が緩やかな流れで満たされていて、覗き込んだアンジェリークの顔が映っていた。
そのままじっと見つめていると、ぐにゃりと水面が歪んで映像が映り込む。