冒険の書をあなたに
燭台の灯りに照らされた城の一室で、激しい雨音が聞こえていた。
パパスとマーサが顔を寄せ合いマーサの腕の中を優しく見つめている。
「見て下さい、あなた。ほら、リュカが笑ってる」
「ご機嫌だな。よしよし、分かるか? お父さんだぞー」
白いおくるみの中から小さな小さな手が伸びて、覗き込んだマーサの頬やパパスの口ひげを掴んでいる。
リュカをあやしながらマーサがパパスへと視線を移した。
「今日の執務はもうよろしいんですか?」
「ああ。このところ忙しくてゆっくりしていられなかったからな……オジロンに押し付けてきた。たまにはいいだろう」
なー、と言いながらリュカを腕に抱き、マーサと同じくよしよしとあやしている。
ふとマーサの顔が翳った。細い指先でもみじのような手に触れると、リュカが母の指をきゅっと握り締めた。
「レヌール王家が途絶えたと知らせが来ていましたわね。……悪しき力が日増しに大きくなって……せめてこの子が大人になるまで、自分の力で乗り越えていけるようになるまでは、この平和が続くといいんですけれど」
「元々あの国には跡継ぎがいなかったからな、途絶えるのは時間の問題だっただろう。ただ……魔物の襲撃で滅ぶとは思っていなかったが」
カッ、と稲光が室内を満たして、すぐ後に雷鳴が轟いた。
その大きな音に驚いたのか、赤子は火がついたように泣き出した。
「どうしたリュカ、男の子がこれくらいで泣くなどと……よしよし、泣き止め。お父さんがついているぞ」
パパスがどれだけあやしてもリュカは力一杯泣いたままで、「弱ったなあ」という呟きが漏れた。
「ふふ……さすがのグランバニア国王でも、ちいちゃなリュカには勝てませんのね」
困り果てたようにリュカをマーサへと渡して頭を掻くパパス。
「そう言ってくれるなよ、どうしたらいいのかさっぱり分からん」
優しくゆらゆらと体を揺らしてあやし続けるマーサ。
「よーしよし……いい子。今お歌を歌ってあげますからね、よーく聴いていてね」
そうしてマーサはゆったりと歌い上げる────優しくも切ない祈りの歌を。
どうか、この子が無事に大きく育ってくれますように。
何があっても挫けずに、希望に満ち満ちていられますように。
神様、どうか、この子をお守り下さい────
そうしてぐにゃりと映像が歪み、水面は何事もなかったかのように再びアンジェリークの顔を映し出した。
最後に聞こえたマーサの祈りの声が、アンジェリークの胸に温かく残った。