冒険の書をあなたに
太陽がそろそろ真上に差し掛かった頃、一行はマーリンの指示で城から少し離れた広場へとやって来た。
アンジェリークとルヴァが青い竜──ドラゴンマッドと言うそうだ──と戦った場所よりも城に近い。
プックルの背に乗せられてゆったりと揺られてきたアンジェリークが降り立つ。
ルヴァの耳にぐおん、とプックルの唸り声が聞こえた。
「あんたは下がってな。敵は一切近づけさせないが、色んなもんが吹っ飛んでくるから気をつけてくれ」
それは呪文の残骸の火花や折れた枝葉や石つぶて、吹き飛ばされた魔物の肉片だったりと様々だ。
敢えてこんな詳細を言って怖がらせる必要はないのでプックルは伏せておいたが、何となく察した様子で頷いたアンジェリークを守るように待機した。
そしてポピーと並んで歩いてきたマーリンが立ち止まり、ぐるりと辺りを見回した。
「さて……ここなら万が一呪文が暴発しても見通しが利くのう。ポピー、餌は持っているか」
ポピーが腰に下げた袋から、葉に包まれた小さな何か──これが餌のようだ──を取り出す。
「はい、二つ持ってます。もう使っちゃってもいい?」
マーリンはくるりとアンジェリークのほうを向き、しわがれた声で訊ねてきた。
「天使様、これから魔物をおびき寄せる餌を撒くが、賢者様の準備はよろしいかな」
問われたアンジェリークがルヴァの様子を確認して声をかけた。
「ルヴァ、準備はいいかって。今から魔物をおびき寄せるそうよ」
口角を上げてルヴァが大きく頷いた。
「はい、大丈夫ですよー。最初は見ているしかできないと思いますが……」
そう言って理力の杖をしっかりと構え、頭の中で昨日読んだ本の内容を思い返していた。
「じゃあ、餌を撒きます。餌の前に集まってくるんで、あっちに投げますね」
ポピーはそう言ってルヴァから見て三時の方角を指差して、葉に包まれた餌とおぼしき肉片──とてもおいしそうには見えないもの──を手に持った。
「呪文は魔物さんのいる方向を意識して下さいね。投げますよー! いち、に、さん!」
草の上に肉片が落ちたと思った矢先に重たい足音が地面に響いて、大きな岩がそのまま歩き出したかのような巨人が三体現れた。
それを見て、ルヴァはふと浮かんだ疑問を素直に口にした。
「あの魔物は肉食には見えないんですが、どうして寄ってきたんでしょう」
まっすぐ前に伸ばした両手を重ねながら、ルヴァの横にいるポピーがその疑問へ早口で答える。既に何かの呪文の詠唱体勢に入っているようだ。
「ストーンマンはこの辺りの森の守り手でもあるんです。急に食べ物が増えたりすると特定の生き物が増えすぎちゃうから──あ、来ますよ!」
気候の変動などである種類の植生が増えれば、それに伴って生態系にも偏りが出る。彼らは出来る限りそうならないように行動しているらしい。
「それなら……我々人間は、彼らの一番の敵と言えるんでしょうね……!」
沸き起こるやるせない思いをぶつけるように地面に理力の杖を突き立てて、ルヴァは小さく呟いた。
やや後方に控えているマーリンが、その顔に刻まれた皺をきつく寄せ、両手を掲げて目を閉じている。こちらも何かの詠唱をしているようだ。
様子を伺っているストーンマンの群れを睨みつけながら、プックルがアンジェリークに声をかけた。
「天使よ、あいつらがもし近付いてきても一切反応するな。動かずにじっとして声も出すなよ、やつらは無害の者を襲うことはない」
「わ、わかったわ。ありがとう、プックル」
アンジェリークはプックルの後ろに隠れるようにして、戦いの行方を見守ることにした。