冒険の書をあなたに
「えー……と……。これは、一応成功……なんでしょうかねえ」
服の下でたらりと垂れてくる汗の不快さに顔を僅かにしかめつつ、ルヴァが呟く。マーリンのほうを見ると笑顔で小さく手を叩いていた。
「ポピーや、もう良い。少し課題ができたようじゃから、ひとまず戦いを終わらせなさい」
「はーいっ。それじゃあサクッと……──イオナズン!」
ポピーが呪文を言い終わると同時にストーンマンの頭上で苛烈な光と爆音が入り乱れ、打ち上げ花火を間近で見ているような振動を全身に浴びた。
術者はよくこれで鼓膜をやられないものだ、とルヴァは妙な感心をしながら煙の中に目を凝らす。
先程まで残っていた二体のストーンマンは、片膝をついた姿勢のままでさらさらと崩れ落ちていった。
アンジェリークの前で待機していたプックルがグルルと唸った。
「な、大丈夫だったろ? もう行ってもいいぞ」
胸元で両手を握り締めて不安げに見守っていたアンジェリークが、プックルの言葉を合図に駆け出していく。
「ルヴァー! だ、大丈夫だった!?」
新緑のような瞳にうっすらと涙を浮かべて抱きついてくるアンジェリークを、笑顔でぎゅっと抱き締め返す。
「ええ、大丈夫ですよ。ほら、どこにも怪我はしていないでしょう?」
良かったぁ、と呟くアンジェリークの頭をよしよしと撫でていると、マーリンがすっと近付いてきた。
「一旦城に戻りましょうぞ、お二方。今しがたの戦いで募る疑問もあるでしょうが、まずは腹ごしらえが先じゃ。天使様は帰りもプックルに乗られると良いでしょう」
へいへい、という声が聞こえてプックルがアンジェリークの前にやってきた。
「ルヴァ、お昼だから皆さん一旦お城に戻るって。じゃあプックル、帰りもよろしくね」
アンジェリークがプックルの背に横向きで腰掛けると、ゆっくりと歩き出す。それを見守るようにしてルヴァもついていく。
その少し先で、ポピーとマーリンは昼食について仲良く喋っていた。
「マーリンお爺ちゃまー、今日のお昼ってサンチョ特製サンドかなあ。ルイーダさんのミートパイかなあ」
「さあのう。何も言ってはおらなんだが……ポピーはどっちがいいんじゃ」
「んー、今日はサンドイッチがいいなー。兎肉のハムとクレソンがいっぱい入ったの食べたいなー」
プックルの温かな背に揺られながら、前方で和やかにお喋りしているポピーとマーリンを見てアンジェリークが口を開いた。
「こういうときは皆さんお城に戻って食べるのね。わたしたちはバスケットに色々詰め込んで、お外で食べちゃうこともあるけど。ね、ルヴァ」
くるりと振り返ってルヴァに話を振った。
「そうですねー。湖に出かけてそこでのんびりと食べたりしていましたよねー」
最近はお茶会と称して他の守護聖も交えての昼食会が主となり、こんなときルヴァが鮮明に思い出すのは彼女がまだ女王候補だった頃の記憶ばかりだ。
プックルがゴロゴロと喉を鳴らす。
「昔はこの世界でもそうだったと聞いているぞ。おれたち魔物が凶暴化してからできなくなったんだそうだ。リュカはビアンカのメシ持って景色のいい場所で食べてるがな」
程良く引き締まっているプックルの背に揺られながら、アンジェリークが苦笑いの表情になった。
「それってリュカさんは魔物が出ても平気だからよね……」
ふと足を止めたルヴァが、何とはなしに後ろを振り返った。
この辺りにはモミやトウヒといった常緑針葉樹が主体の豊かな森が広がっている。
太陽はすでに天頂を通り過ぎ、木々の間をすり抜けた陽射しが道の所々に強い陰影を与えて、穏やかな風が梢をさやさやと揺らしながら森の中を吹き抜けていった。
その光景を目に焼き付けるように暫く見つめて、ルヴァは再び歩を進めた。