冒険の書をあなたに
皆が食べ終わり、食後にお茶を飲んでいるときにマーリンが話し出した。
「さて、腹ごしらえも済んだことですし、いよいよ本題に入りましょう」
その声にポピーとアンジェリークが顔を上げた。
「さて賢者様。呪文を詠唱したときに、何か気付いたことはありましたかの」
グレーのまなざしがじっとルヴァを見据えていた。
ルヴァはポピーの通訳を聞いた後、マーリンのほうを見て一つ頷いた。
「はい、ありました。詠唱を言い終わる前に火柱が現れたり……それに、魔術書で覚えた魔法の印象とはかなり違っていたように思います」
「そうですな、ではそれは何故か。賢者様の見立てをお聞かせ願いたい」
仄かに甘みのある冷茶を口に含んで、マーリンはルヴァの言葉を待った。
「あのとき、マーリン殿は命じるようにと仰いましたね。魔術書で読んだ限りでは、呪文は精霊の力を呼び出す言葉を短縮したもので……力を請う意味なのではないかと思うんです」
マーリンが静かに二つ頷いた。
「あなたは私たちを、竜の神に匹敵する力を持っていると仰っていたそうですが、そこから推察すると……私ではこちらの呪文をそのまま唱えると威力が大きくなりすぎるのではないでしょうか」
打てば響くようなルヴァの答えにマーリンが喜悦の笑顔を浮かべて、頷きながら両手で大きく輪を作った。
「その通り、我々が唱えている呪文は元来精霊に請い願う言葉。例えば王が臣下を敬称つきで呼ぶような場合、そんな奇妙なことをされれば臣下は惑うじゃろう?」
「…………」
その言葉に、明後日の方向へ視線を逸らすアンジェリーク。女王になって暫くは守護聖への敬称がなかなか抜けずによく怒られたものだ。
ルヴァはポピーの通訳でその表情の意味を悟り、苦笑気味にアンジェリークの髪を優しく撫でた。
「なるほど、その『奇妙なこと』をしてしまったが故に呼び出した力が安定せずに暴発した、と考えて良いのでしょうか」
わざと一部を強調して言うと、アンジェリークの頬がぷうと膨れ、ルヴァはうっかり吹き出しそうになって慌てて口元を押さえた。
「そういうことでしょうな。賢者様の場合は本にある通りの呪文を用いて力を借りるのではなく、独自に命令をしなくてはならん、という話じゃな。かといってどういう詠唱になるのかはわしにも分からんが……」
マーリンはゆっくりと顎をさすりながら、そんな二人の様子を微笑ましく眺めている。
ルヴァも冷茶をこくりと飲み込み、何か打開策はないかと考え込む。
「……ということは、言い換えれば呼び出す際の魔力さえ調整できれば、安定させられますよねぇ」
ルヴァの視線がちら、とアンジェリークへと注がれた。
「むう……そうじゃなあ。そうできるならそうなるでしょうな。……何か案でもお有りかね?」
アンジェリークはポピーの通訳がマーリンが話し出してすぐに始まることに驚き、感心しながら会話の行方を見守っていた。
「ええ、もしかしたらという実験的なものなので、これから実践できたらと」
ルヴァの脳内をよぎった考えはこうだ────アンジェの持つ調和のサクリアを介せば、適正な力量になるのではないか、と。