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しょうきち
しょうきち
novelistID. 58099
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冒険の書をあなたに

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 その夜、城へ戻った二人は食後の散策がてら中庭へとやって来ていた。
 グランバニア西側を護るように南北に伸びた山脈の黒々とした連なりが星月夜に浮かび、梟か何かの鳴き声が時折静寂を破った。

 夜風が冷えますから、とルヴァがブランケットを肩に掛けてくれ、アンジェリークはすっかり安心しきって腕を絡ませた。
「ねえルヴァ、今日の出来事ってわたしはどういう役回りだったの? 何だかよく理解できなかったんだけど」
 とても上機嫌でブランケットごとアンジェリークの肩を抱き、頬に額にと口付けの雨を降らせているルヴァがようやく答える。
「えっとですね、まず私が一人で呪文を唱えようとしたときに、言い終わる前に魔法が発動していたんですよ。場所も威力も不安定な状態で」
 アンジェリークがこくりと頷く。
「この世界の呪文には実に色々な要素が絡んでいました。その辺りの説明は省きますが、恐らく地のサクリアだけではカバーしきれないのだろうと思い、そこで、あなたの調和のサクリアを調整弁として通せば、その不安定さが適正な状態になるのではないか、と考えたんです」
 何でも試行錯誤してみるのってとても大事ですよねえ、といつもの声色で微笑むルヴァ。
「つまりはあなたの魔力を使って、私がGOサインを出しています。言い換えればあなたは調整弁であり魔力のタンク代わり……ですから私はそう疲れませんし、うまくいけば──」
 虫の鳴き声が辺りから小さく聞こえていた。ささやかな虫たちの歌が聞こえる程度にルヴァの声が潜められる。
「──あなたの在位期間も、もしかしたら縮められるかも知れません」
 女王のサクリアの枯渇を故意に早められるかもしれない。しかも罪にも問われない秘密裏の方法でだ。
 もしそうなれば二人が共に暮らせる未来の可能性は高まる──そう考えると試さずにはいられなかった。
「……ルヴァったら」
 苦笑するアンジェリークの頬にまた一つ、優しい口付けが落とされた。
 一緒にいられる時間を少しでも長くしたいという彼の切ない想いが滲むような、触れるだけの儚く淡い口付け。
「ドラきちが言っていましたよね、天使の手は慈愛の手だと。そして何故かあなたに撫でられたがっていた。あなたはそんな魔物たちの声を理解できた。ですから、星々の声を聞き届けるあなたの調和のサクリアはこの世界でもそのまま存在している……と、確信めいたものがありました。これは私の憶測ですが、魔物たちはあなたに撫でられることでその手のひらから魔力が流れ込むのが心地よいのでしょう」
 ルヴァの話を聞きながら、一つ一つの点を少しずつ繋いで線にする、彼のそんな思考回路がとても好きだとアンジェリークは思う。

 そこに突如兵士たちの敬礼の声が聞こえ、それへ労いの言葉をかける穏やかな声がした────リュカだ。
 リュカは二人のほうへとまっすぐに歩いてくる。今日も遠征から戻ってラフな衣装に着替えていた。
「こちらにいらしたんですか。お話中にすみません、ちょっとご相談が」
 ふと、アンジェリークはリュカから足音がまるでしないことに気付き、小首を傾げた。
 至ってごく普通の速度であるにも拘らず、獣のようにそっと足音を忍ばせて歩いている。
 ルヴァはそれには気付かない様子で、柔和な笑みを浮かべていた。
「いえいえ、お気になさらずに。どうかされましたか」
「そう大した話ではないんですが、明日ラインハットという国にいる友人夫婦に会ってこようと思いまして……もし宜しければ、一緒に行きませんか」
「あなたのご友人ですかー。しかし、私たちはお邪魔ではないですか」

 ミルドラースとの戦い直前というこのタイミングで友人に会いに行く。
 それは無事に生きて戻れるか分からない、五体満足で帰還できるかどうかも分からない────そんな戦いを前にしての、最後の挨拶を意味している。

 ルヴァとリュカのまなざしが一瞬かち合って、お互いからくすりと小さな笑みが零れた。
「決戦の前だから、なんですよね?」
 ルヴァのその言葉に、リュカは弱ったなあ、と一言呟いて頬を掻いた。
「はは、ばれちゃいましたか。出立前に、一応……皆で挨拶しておきたくて。全員無事で帰るつもりでいますが、実際どうなるかは、こればかりは本当に分かりませんから。それにお二人にも紹介したいんです、ぼくの『人間の』親友なので」
 少し照れ臭そうに話すリュカを、アンジェリークは微笑ましく思った。
「まあ、リュカさんのご親友なの。どんな方か見てみたいですね」
 ね、とルヴァへ視線を移すと、少しの哀しみと困惑をその瞳に浮かべ揺らしていた。
(……命を懸けて大事な決戦へと向かう一家と、その友人たちとの語らいの時間。私たちがその貴重な時間を奪ってしまうのは、果たして良いことなんでしょうか……)
 返答に困って曖昧な表情でいたとき、アンジェリークが背後の水面を凝視していることに気付いた。
「ヘンリーって言う、気さくで面白い男ですよ。それに明るくてしっかりしてる」
 若き王が優しい声音を響かせて懐かしそうに目を細めていたその前で、ぴしゃん、と水音が響いた。
「あ……」
 アンジェリークは腰掛けていた水場のへりから、少し身を乗り出して水面を見つめ始めた。

 女王候補時代に水鏡が知らせてくれた、幾つもの出来事を思い出す。────今、あの感覚が蘇ってきていた。

作品名:冒険の書をあなたに 作家名:しょうきち