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しょうきち
しょうきち
novelistID. 58099
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冒険の書をあなたに

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 甲高い少年の声が聞こえる。
 その姿はまだおぼろげだが、緑色の髪ということだけは分かった。
 ぼわぼわと強く反響していた声色が徐々に一つに絞られて、一つの音声にまとまっていく。
「隣の部屋の宝箱に子分の印があるから、それを取ってこい!」
 顎の下辺りで綺麗に切り揃えられた真っ直ぐな緑色の髪をした幼子が、意地悪そうな笑みで喋っていた。
 その言葉のあとで先程の少年とは違う、幼い子供の声がした。紫色のターバンに緑色の服を着た、どこか見覚えのある黒い髪に黒い瞳の幼子。
「お父さーん、ヘンリー王子がいなくなっちゃった」
 その幼子は黒い口ひげを豊かに蓄えた立派な体躯の男に駆け寄り、父と呼んだ。
「どうした? ヘンリー王子はこっちには来なかったぞ。とにかく探してみよう、おまえもついて来なさい」
 柔らかい低音が響く。その威厳と優しさを等しく感じる声は、声質こそ違うけれど……余りにも彼に似ている。
 先程の緑色の髪の少年が振り向いて、何か怒った顔で叫んでいた。
「あっ、パパス! おまえは部屋に入るなと言っておいた筈だぞ!」
 きゃんきゃんと喚く子供に肩をすくめ、パパスと呼ばれた男が苦笑いをして退散していく。
 通路の先で振り返った男が、幼子の両肩に大きな手を乗せた。日に焼けた手はごつごつと節くれて、あちこちに傷跡が見えた。
「リュカよ、夢でも見たな? 王子はちゃんといたではないか。ともかく王子の友だちになってやってくれ。頼んだぞ」

 微笑んだパパスの残像を残し、場面が暗転した。
 男たちの怒号が飛び交う光景が目まぐるしく入れ替わり、何が起きたのかよく分からない。
 げらげらとやかましく笑う数人の男たちの中で、やさぐれた風貌の男が酒瓶を片手に上機嫌で話し出す。
「王妃に王子を始末してくれと頼まれたけどよぉ。殺せと言われたわけじゃないし……王子を奴隷として売れば、また金が入るよな」

 また場面が切り替わり、暗闇の中から早い靴音が聞こえて来た。
 遺跡と思しき随分と古びた壁面の建物の中を駆け抜ける一人の男──パパスがいた。
 そこへ、幼子が駆け寄っていく。更にその後ろを猫のような赤いたてがみの生き物──恐らくはプックルなのだろう──が追いかけていた。
「待って、お父さん!」
 すぐにパパスが振り返り、驚きに一瞬目を見開いたあと、緩やかに口角を上げていく。
「おお、リュカか! 城ではぐれてしまったと思ったが、こんな所までやって来るとは……おまえもずいぶん成長したものだな。父さんは嬉しいぞ!」
 父の手がわしわしと幼子の頭を撫で、幼子はその頬を赤らめて誇らしげに胸を張っていた。

 幼子のはにかんだ笑みを残し、再び場面が暗転した。
 次にアンジェリークが垣間見たのは、想像を絶する地獄の光景だった。
 禍々しい空気を纏った魔術師のような男が、傷だらけで横たわる幼いリュカの喉元に大きな鎌を宛がって、怖気立つような高笑いをしていた。
「この子供の命が惜しくなければ存分に戦いなさい。でもこの子供の魂は永遠に地獄を彷徨うことになるでしょう……」
 悔しそうに唇を噛み締めるパパスの手から、ずるりと剣が滑り落ちた。剣は重い金属音を響かせて床を這う。
 そして彼は無抵抗のまま二匹の魔物に延々と嬲られ続けていった。
 辺りに飛び散った血飛沫が床に新たな染みを作り……やがてとうとう片膝をついた。
 身体のあちこちが裂けて赤く染まりぜいぜいと肩が激しく上下していてもなお、まなざしだけはいまだ峻烈な雷を思わせる光を纏わせ、魔物たちをきつく睨み続けていた。
 魔術師のような男がくく、と喉で嗤い、ゆっくりと翳した手から焔が沸き起こる。

 そのとき、幼子────リュカの目が微かに開いた。

(────見てはだめ! だめよ!)
 アンジェリークは嫌な予感がして咄嗟に叫んだものの、勿論その声は聞こえる筈がない。
 そして……大きな火球がパパスを断末魔の叫びとともに一呑みにして、後にはただ、黒い焦げ跡と剣だけが残された。

 パパスの体が焔に呑まれる刹那、その黒曜石のような瞳を見開いて涙をいっぱいに溜めた幼いリュカの口元が、おとうさん、とゆっくり形作られた瞬間を────アンジェリークは見てしまった。

 やがて無人となった遺跡の中でプックルの甲高い鳴き声が響き渡る。
 絞り出すような大きな声で、何度も、何度も、焦げ跡の周りを彷徨いながら。
 アンジェリークにはその言葉も分かってはいたが……心が理解することを拒否していた。
(なんてことを……なんて、惨いことを……!)

作品名:冒険の書をあなたに 作家名:しょうきち