冒険の書をあなたに
前方で颯爽と廊下を歩いていたリュカの速度が落ち、ルヴァとアンジェリークに並んで微笑んだ。何とも言い表し難い、深い哀愁を纏った微笑だった。
「合わせて下さって助かりました。急な話ですみません、一緒について来て欲しくて」
男という生き物は、ときに一番身近な女性には素直に言えない場合もあるのかも知れない、とルヴァは思った。
脆く柔らかな感情を知って欲しい気持ちと、知られたくない──心配を掛けたくないのも含めて──意地とのせめぎ合いがそこにある。その感情は同性として分からなくもなかった。
「いいんですよー。私たちが何のお役に立てるかは分かりませんが……お供致しましょう」
それは心強い、と呟いてきゅっと口角を上げるリュカ。
「ルーラはご負担でしょうし、魔法の絨毯で行ってみましょうか。ぼくも久し振りに乗るんですけどね」
三人は跳ね橋を渡り、馬車のある場所まで辿り着いた。
リュカは馬車の中から赤い絨毯を抱えて戻ってきた。その後ろにプックルを連れて。
「……う」
以前ルヴァの執務室に簀巻きにされて放り込まれたときのことを思い出し、少し身構えるアンジェリーク。
「? ……これが魔法の絨毯です。浮くんですよ」
一瞬眉間に皺を寄せたアンジェリークに不思議そうな顔を向けてリュカが言った。
「はあ、見た目はごく普通の綺麗な絨毯ですよねえ。これが本当に浮くんですかー」
ばさりと広げられた絨毯に触れて、じっと観察をするルヴァ。
「さ、乗って下さい。ちょっと足元が不安定になるので座って下さいね」
三人と一匹が絨毯の上に座った後ふわりと絨毯が浮いて、アンジェリークの顔が驚きに満ち溢れた。
「わ! ほんとに浮いたわ!」
まるで子供たちと同じような反応にリュカがくすりと微笑んだ。
「行きますよ。怖かったらプックルに掴まってて下さいね」
「おい、おれは持ち手じゃないぞ」
ぶうたれるプックルをよそに絨毯はぐんと速度を上げ、爽やかな風が髪を撫でていく。
そう高くは浮かび上がらないため、さほど恐怖心も感じない。
「わあ……! 景色がどんどん流れていくわ、ねえ、ルヴァ!」
広大な平野を眺めながら、山々を避けてぐるりと城を回りこむように通り抜けていく。
アンジェリークは女王となってからこういう感覚を忘れかけていたことに気付いた。
(風の匂い、温度、湿度……昔はそういうのを体感しながら、少しずつ育成していたんだったわ……!)
ルヴァのまなざしも好奇心に満ち溢れていた。
「ええ、とても気持ちがいいですねー、これは凄い」
そうして険しい山々の麓にある、古代の遺跡へと到着した。