冒険の書をあなたに
やがてリュカがぽつりと口を開いた。
「……そろそろ戻りましょうか。ラインハットまでお送りします」
置かれた剣を再び腰に下げ、パパスへと供えられたコップの酒を床に撒いて、思いを振り切るように一度ぎゅっと目を瞑る。
そして空になったコップを軽く拭ったあと、大事そうに布に包んでいった。
心なしか晴れやかな表情のリュカに、彼の中でひとつの区切りがついたらしいと判断したルヴァがそっと声をかけた。
「もうよろしいんですか?」
「はい。……次は皆で来ますから、積もる話はそのときに」
次に来るのは、この世界に平和が訪れたとき。
皆でパパスの思い出を語れたらいいと、リュカは思う。
吹っ切れた様子の言葉にルヴァは目を細めて頷いた。
「お父上はあなたのことを誇りに思っていらっしゃるでしょうね。辛い中でも希望を見失わずに、こうしてしっかりと歩んでこられたのですから」
そうだといいんですけど、と照れ臭そうに頭を掻いて、リュカは続けた。
「沢山の出会いが、ぼくをここまで導いてくれました。しなきゃいけないことがずっと続いているせいかも知れませんけど……生かされていると、思えるんです。だから、ぼくはまだ負けられない……ミルドラースにも、誰にも」
さっきは咽び泣く顔を隠していたリュカの手が、今は優しくプックルのたてがみを撫でている。それは幼いリュカの頭を撫でていたパパスの手と同じ、優しさに満ち溢れたものだった。
「さ、行きましょう。じゃあ……また来ますね、お父さん」
まだ微かに濡れた睫毛をそっと閉じ合わせて呟き、気持ちを切り替えるようにゆっくりと瞼を上げた。
プックルを引き連れ、裾の破れたマントを翻して立ち去るその姿は威厳に包まれていて、もう幼少期の翳りは微塵も見当たらない。
常に心の何処かで父の姿を追い求め続けた彼の少年時代が、この日ようやく終わりを迎えたのだ。
彼の足元に伸びた影を見つめながら、アンジェリークが囁いた。
「……リュカさんのあの後ろ姿ね、パパスさんに凄く似てるのよ。髪の長さや束ね方、背格好まで……」
そう言って再び目を潤ませ始めたアンジェリークの肩を、ルヴァが優しく抱き寄せる。
「子は親の背を見て育つと言いますが……彼の背をもまた、今は子供たちが見ています。そうやって、生き様が次の世代へと引き継がれていくんでしょうね」
二人はゆっくりと屈んで墓標代わりの小さな焦げ跡にそっと触れ、前国王の非業の死を悼んだ。