冒険の書をあなたに
一行はそのままラインハット城前へと戻ってきた。
魔法の絨毯は全員が降りた途端に端から勝手に巻き上がり、くるんと丸まってしまった。
一体どういう仕組みなのだろう、とルヴァがじいいいっと凝視していたところにリュカが声をかけた。
「長々と付き合わせてしまってすみませんでした。お二人はどうぞ先に戻っていて下さい」
てっきり一緒に戻るものと思っていた二人はきょとんと顔を見合わせて、ルヴァが口を開く。
「どこかへ行かれるのですか?」
口元に微笑を浮かべて、リュカが頷く。
「ここから西にある、ぼくの故郷の村を見に行こうと思って。特に何もないんですけど……」
ルヴァが横目でちらりと隣を見ると、なんとなく行きたそうにしているのが伺えた。
「リュカ殿の故郷ですかー。あの、もしご迷惑でなければ、私たちも同行していいですか?」
ルヴァがそう交渉した瞬間、ぱっとアンジェリークの翠の瞳が輝いた。余りの分かりやすさに吹き出しそうになる。
「いいですよ。でも期待しないで下さいね、まだ酷い状態だと思うんで……」
再び魔法の絨毯を広げて乗り込む。ふわりと絨毯が浮いて、滑らかに動き出した。
麗らかな午後の陽射しを浴びながら、魔法の絨毯は軽やかに進み行く。
飛ばされないようにターバンを押さえてルヴァがリュカへと質問した。
「その村はラインハットから近いんですかー」
プックルの横腹にもたれ掛かった姿勢で寛ぐリュカが柔らかく微笑む。
「そうですね、これに乗っていけば割と近いですよ。ルーラだと一瞬で……あっこらプックル、ここで爪磨ぐなよ!」
怒られたプックルの尻尾がぶんと大きく横に振れて唸り声を上げる。
「磨いだんじゃない、ちょっと引っかかっただけだ」
ルヴァにはもちろん声は聞こえないものの、尻尾の動きでプックルが何か不平を言っている様子は理解できた。ネコ科は分かりやすい。
そうこうするうちにゆっくりと速度が落ちて絨毯の動きが止まった。
どこかグランバニアを髣髴とさせる、深い森と山岳に囲まれた場所。
その森の入り口近くで絨毯はふんわりと地面に降下した。
「この先がぼくの故郷サンタローズ村です」
リュカの案内には目もくれず、しきりにきょろきょろと辺りを見渡していたルヴァが絨毯から降り立つとふらりと何処かへ歩いていく。
「……うーん、変ですねぇ」
慌てて後を追うアンジェリーク。ああなると止められないことを彼女は良く知っている。
「ちょっと、ルヴァ? どこ行くのー」
かつては道があったらしい獣道をどんどん奥へ進んでいくルヴァ。どうやら道の両脇に生えた木々の様子を見ているようだ。
「ど、どうしちゃったのよーもう。リュカさん待たせてるわよ」
「……やっぱり、違いますねー」
「違うって、何が?」
ふいにばたばたと鳥が羽ばたく音が聞こえ、近くの枝が大きく揺れた。
ルヴァはそれを気にすることなく、ある一角を指差す。
「ほら、ここから森が変わってしまっています」
不思議そうな顔をして追いついてきたリュカのほうへ振り返った。
「リュカ殿、ここ一帯で以前、野焼きか火災がありませんでしたかー」
一驚を喫してリュカの頬に僅かな緊張の色が浮かんだ。
「ありましたが……どうしてそう思われたんです?」
顎に手を宛がい再び周辺をぐるりと一瞥して、ルヴァは慎重に言葉を選んだ。
「いえね、そこから先程の入り口の辺りまで、クヌギやコナラといった樹木が中心の二次林──つまり、何らかの原因で原生林が失われた後の林になっているんです。原因として考えられるのは伐採された後放置されたか火災で焼失したかなんですけどね、伐採の後にしては切り株などが見当たらなくて、随分と不自然なものですから」
暫し呆気に取られて二の句が継げないでいたリュカが驚嘆の吐息を洩らした。
「あなたは、本当に……どこまで凄いんですか」
口の端を上げてそのまま来た道を引き返していく彼の後を二人は慌ててついていく。
「何があったかは、村に入れば一発で分かると思いますよ。足元に気をつけて来て下さい」