冒険の書をあなたに
賑やかな広場に並ぶ屋台を眺めながら、アンジェリークはリュカに問う。
「ラインハットではどんな食材が豊富なんですか?」
あちこちから漂うスパイスや香草、焼けた肉の香ばしい香りにプックルが目を細めて鼻をひくつかせている。
「そうですね……お城のすぐ側に湖があったのが見えたと思いますが、そこで獲れる淡水魚が人気みたいです。あとは平飼いの鶏とか。今は商人の行き来が多いので味も調理法も色々ですよ」
そう言ってリュカがある店の前で立ち止まった。
「お二人は辛いものは平気ですか? ぼくのおすすめなんですけど……ほら、魚の切り身を揚げたのと、肉をタレに漬けて焼いたのとがあるんです」
指し示す先には中年の男性が一人にこにこと注文を待っていた。
ルヴァが近付いてメニューを興味深げに覗き込んでいる。
「見た感じではラップサンドのようですよ、アンジェ。薄焼きのパンはどれも一緒のようですので、私たちは肉か魚を選べばいいのでしょうか?」
リュカがその言葉に頷いて、にこりと笑顔を浮かべた。
「そうです。魚はそこの湖で獲れたゴルジャ魚で、肉は鶏と猪が選べますよ。ソースもそれぞれで味がちょっと違います」
アンジェリークのこれまでの様子でビアンカやサンチョ同様に食に興味があるのだと知り、リュカはうろうろと悩むアンジェリークを微笑ましく見つめた。
「えええーっ、どうしよう、全部美味しそう! 迷っちゃうわぁ」
アンジェリークが決めかねて困り果てていると、ルヴァがすかさず助け舟を出した。
「では全種頼んでみるのはどうですかー? 二つくらいなら私でもなんとかなると思いますから、あなたが食べきれない分は私が引き受けますよー」
珍しいルヴァの申し出に、アンジェリークが目を真ん丸にして驚いていた。
「いいの? ホントにいいの? 大丈夫?」
「ええ、大丈夫ですよー。なんだか聖地にいる頃よりも妙にお腹が空くようになりましてね。ですから、安心して下さいねー」
考えてみれば間食タイムが減った上に運動量は増えたのだから、至極当然の話である。
それにプックルを挟んで話が弾む二人に──別に何かを疑うわけではないが──ルヴァとしては少しだけ見栄を張ってみたくなったのだ。
プックルがふにゃおん、と一啼きして尻尾が揺らめいた。
「賢者でも無理ならおれが食ってやるよ。でもタマネギは抜いてくれよ、あれだけはまずくて無理だ」
そんなプックルの言葉にリュカが両眉を上げた。
「なんだよプックル、おまえも腹減ったのか。じゃあおまえの分も頼もうな」
そうしてリュカが鶏を二つ、プックルには猪を三つ(野菜とソース抜き)、ルヴァとアンジェリークが三種類を一つずつ頼み、芝生の上に腰を降ろした。
薄焼きの丸いパンにたっぷりの香味野菜と肉や魚がくるりと巻かれ、赤みがかったソースがこれまたたっぷりと掛かっている。
アンジェリークがまずは馴染み深い鶏から食べ始めた。滑らかな鶏肉のペーストに、セロリや人参、紫タマネギが瑞々しい食感を与えている。
「ふーん、鶏はリエットになってるのね。うん、美味しいわ!」
うんうんと小さく頷きながら笑顔を見せるアンジェリークを見て、リュカの顔も綻んだ。
「お口に合ったようで良かった。鶏肉にタマネギ、香辛料や塩胡椒なんかを混ぜて炒めてすり潰したものを挟むんだ、ってビアンカが言ってました。彼女はサンタローズより西のアルカパにいたんで、どうもそちらの地域から入ってきた料理のようです」
「そうなの? じゃああとでビアンカさんにレシピ教えてもらおー。ねえルヴァ、リエットの中にヨーグルト入っているわよね?」
「んん、ちょっと待って下さいねー。…………はい、じゃあこっちと交換しましょう」
ルヴァがお茶で喉を潤し、食べていたゴルジャという魚のサンドと交換する。手渡された鶏のサンドを一口頬張って、アンジェリークの質問の答えを探した。
「んー、そうですねぇ……言われてみれば確かにそんな風味があってとても美味しいですね。お魚はどうですか、アンジェ」
「ゴルジャっていかつい名前なのに、味はすごく優しいのねー。ソースの辛さもこっちはマイルドだわ。スイートチリみたい」
淡白な白身魚のフライに絡む、ニンニクの効いた甘酸っぱいソースが美味しかった。野菜はキャベツとキュウリのようなものが千切りで入っていて、口当たりが柔らかい。
「衣がサクサクでいいですよねぇ。手も汚れないですし、これなら聖殿や研究院に缶詰めのときにいいかも知れませんよー」
「ルヴァはおにぎりとお味噌汁と緑茶でいいじゃないの」
「あとお漬物も少しあれば完璧ですねー……という私はともかく、ランディやゼフェルならこういうの好きそうじゃないですかー。どうです、メニューに追加してみられては?」
惑星に異常事態が起きたときなどは関係者はなかなか家に戻れない。そういうときに備えてアンジェリークは基本的に守護聖たち各々の好みに合わせたメニューを取り揃えるように計らっている。緊急時で帰れないような酷い状況のときくらい、好きなものを食べて頑張って欲しいという願いからだ。
「そうねー、それに研究院の方たちもトラブルが起きたら暫くは不眠不休の缶詰めですものね……帰ったらロザリアに相談してみるわ」