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しょうきち
しょうきち
novelistID. 58099
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冒険の書をあなたに

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 二人で喋りながら仲良く半分ずつ分け合う姿を見て、プックルが話し出した。
「賢者と天使は二人でひとつなんだって、マーリンのジジイが言っていたが……あれを見ているとその通りだと思えるな。おまえとビアンカ以上じゃないのか、あの仲の良さは」
「そうだねー、きっと出逢うべくして出逢ったお二人なんだろうね、見ていて微笑ましいよ」
 もしゃもしゃと音を立ててプックルが猪肉を一気にたいらげて、それから世にも恐ろしい言葉を口にした。
「なあ……あの賢者をエンプーサの群れの中に放り込んだらどうなるだろうな。たぶん滅茶苦茶懐かれると思うんだが」
「懐かれるってレベルじゃ済まなさそうだけど……」
 エンプーサは若い男を好み、悪夢を見せて食い殺す魔物だ。その中でも知的で優しい男は大好物らしい。そして罵られると傷ついて泣き出してしまうという──それも恐らくは相手の同情を誘う手の内なのだろうが。
「すぐ泣き喚くあいつらの好みっぽくないか? まず着ている服は集団で剥ぎ取られてマッパは確実だな。でもって全身キスマークだらけにされるんじゃねえの、おまえもそうだったろ」
「ちょ、プックル、なんでそれ知って……!」
 リュカが魔物の棲み処でプックルと再会する直前、夢魔エンプーサの群れからの誘う踊りにことごとく引っかかり、普段は吐いたことのない罵詈雑言を一生懸命に吐いて命からがら逃げ出したものの、哀れなことに色々な意味でしばらく悪夢にうなされた戦い──リュカの中では宿敵ゲマをも超えるラスボス級の激戦──の件である。
 ちなみにエンプーサが時折落とす皮の腰巻は、当然男物。犠牲となった旅人の装備品──いわゆる戦利品──だと言われている。
「あのときおまえ、腰にしがみつくエンプーサどもをブッ飛ばしながら全速力でこっちに来てただろ。まさに貞操の危機だったよな、半裸にされて」
 くくく、と笑うプックルにリュカはむっすりと眉間にしわを寄せて睨みつけ、二つ目のラップサンドにかぶりついた。
「まさかおまえの口から『死ねブス』だの『近寄ったら殺す』だの聞けるとは思わなかったぞ。あれは傑作だった」
 猛然と走り抜けながら涙目でありとあらゆる暴言を吐くリュカと、殴り飛ばされて宙を舞うエンプーサたちの悲鳴が入り混じる異様な戦いを、プックルは彼がリュカとは気付かずに面白がっていたのだ。
 リュカはその一件以降、どんなに張り倒したエンプーサが起き上がってこちらを見つめてきても目を合わせずに立ち去っている。
「あー、想像するだけで面白そうなんだけどなあ……なあ、今からあの二人連れて神の塔行ってこようぜ。おれがいたところでもいいけど」
「プックル。あのとき見てたんだったら知ってるだろ、エンプーサがどれだけしつこいか! このぼくですら逃げ出すのに一苦労したのに」
 払っても払っても纏わりついてくる姿は悪夢そのものだった。あんな連中の中にルヴァ殿を放り込むわけにはいかない、とリュカは思う。
「ちっ、だめか。まあリュカ以上に悲惨なことになるだろうから天使が可哀想だな、確かに」
 プックルが酷く残念そうに唸り声を上げていた。

 猪肉のラップサンドは深い味わいの熟成猪肉を香ばしく焼き、黒胡椒の効いたパンチのある風味をフリルレタスとトマトが引き立てていた。ひよこ豆をすり潰したペーストにハーブが混ぜ込まれたソースは香りもいい。
 が、三口ほど食べたところでアンジェリークが白旗を揚げた。
「んー、どれも美味しかったあ。でもやっぱり多いわね、もうお腹いっぱいよ」
 ため息をつきお腹をさすってちらりとリュカとプックルのほうを見た。エンプーサがどうのという会話が漏れ聞こえてくる。
「ではあとは私が食べちゃいますねー。……おやアンジェ、どうしました?」
 ルヴァはぱくりとサンドを口に運び、口の端についたソースを指で拭った。適度に辛いソースが食欲をそそり、いつもよりは多めに食べているものの別段苦しくはない。そもそも普段のルヴァは腹八分目を心がけているだけで、そう小食でもないのだ。
「うん、なんか今プックルの声で賢者って聞こえて来た気がしたんだけど。……ねえ、エンプーサって何でしたっけ。どこかで聞いたようなー……」
「うーん、エンプーサ、ですか…………ああ、もしかしてあなたが以前読んでいた神話に出てきた夢魔のことではないですかー。確か女性の姿で描かれていましたねー」
 書物によって書かれ方は多少違うが、狙われるのは男性ばかりなのが特徴だった筈、とルヴァはおぼろげに思い出していた。
「ねえリュカさん、今エンプーサって聞こえたんだけど、この世界に夢魔がいるの?」
 アンジェリークに呼ばれたリュカは一瞬だけぎくりと肩をこわばらせて、あはは、とぎこちなく笑って誤魔化したものの、その後をプックルが平然と続けた。
「おう、そこの賢者をエンプーサの群れに放り込んだらどうなるかって話をしてたんだ。エンプーサはな、若くて頭のいい、優しーい男が大好物なんだよ。だからあんただったら懐かれそうだなーと思ってな」
 通訳を聞いた瞬間げふっと咽込むルヴァの背を、アンジェリークがとんとんと叩いてお茶を手渡した。
「わ、私を……ですか。あの、それって危険なんじゃないですかー」
 いい夢を見せて命を奪うものから美しい女性に化け精を搾り取るもの、悪夢を見せ続け衰弱死させるものまで、夢魔には色々種類がある。
 ルヴァとしては自分がそういった手合いに引っかかるような気は余りしないが、敢えて挑む必要性を感じない。
 プックルの背をぺしりとはたいて嗜めるリュカがすまなそうに頭を下げた。
「もちろん危険ですよ。とにかくしつこく足止めしてくるんで、ぼくでも逃げ出すのに手こずりましたから……」
 どこか遠い目をしながら語るリュカに、そこはかとなく哀愁が漂い出した。何やらもの悲しい旋律が聞こえてくるようだ。
「むうー。ちょっとプックルったら、そんな危険なことルヴァにさせないで!」
 プックルが実に楽しそうな声でアンジェリークに話しかける。
「だが天使よ、エンプーサがどんな姿をしているかって、ちょっとは気にならないか?」
「そりゃーまあ……本でしか読んだことないし、結構綺麗だったりするんでしょう……?」
 そんなのがルヴァにひっつくなんて絶対いや、とアンジェリークは心の中でぶうたれていた。
「あー、そ、そのっ、私としては魔物とはいえ女性の容姿についてあれこれと言うのはちょっと……。それにね、私にはアンジェがいますからね、今更夢魔なんかに引っかかりはしませんよ。例えどんなに美しくても、です」
 最後の一言に感激したアンジェリークが、きらきらした目でルヴァを見た。プックルの尻尾がぶんぶんと左右に揺れている。
「ほーお、そらご立派なこった。おいリュカよ、モンスター図鑑見せてやれ。賢者のおキレイな言い分がどこまで本当だかな」

 リュカが無言でモンスター図鑑のエンプーサの頁を広げ、ルヴァがそれを覗き込み────そっと図鑑を閉じた。
「何があっても、絶対に、こんな魔物の群れのところには、行きたくありません」
 能面の如き無表情で放たれた、一言一句を噛んで含めるかのようなルヴァの口振りに、リュカが思い切り吹き出したのだった。

作品名:冒険の書をあなたに 作家名:しょうきち