冒険の書をあなたに
用意されたチェスの駒はどちらもカエデから作られた基本的なデザインの木製で、盤に置かれるたび温かな音色を奏でた。
正面にリュカ、右側にヘンリーがいる位置で、ルヴァは泰然と二人相手の対局に挑んでいた。
基本的に強引な力技で攻め挑んでくるヘンリーと、堅実ながらもときにエキセントリックな指し方をするリュカ。ルヴァはそのどちらに対しても一歩も退かず、付け入る隙を見せない。攻守のバランスを一定に保ちながらも時折攻め入り、相手のミスを誘発しては着実に追い詰めた。
結果は歴然だった。
彼らが何度挑もうと、初めは優勢でもいつの間にかすっかり打つ手を無くすのだ。気付けばチェックに手が届く遥か手前の段階で既に決して勝てないように追い詰められてしまう。それ故に投了するしかなくなるのだ。
数回負けてきつい蒸留酒を飲む羽目になったリュカは早々に対局を諦め、ルヴァとヘンリーの勝負を眺めていた。
だが元々リュカ以上に飲んでいた上、対局を粘った分だけ酒量が増えたヘンリーに、最早勝てる見込みはない。さすがの酒豪の顔にも赤みがさして、目が据わり始めている。それを見て、ビアンカがこっそりとマリアへ耳打ちした。
「ねえ、マリアさん……そろそろ止めたほうがいいんじゃないかしら」
「そうですね……」
ひそひそと会話をしている最中、ヘンリーのろれつの回らない声が響いた。
「うおーい、マーリアー! マリアさーん! 愛してるよおー!」
にこにこと満面の笑みのままずるりと椅子から滑り落ちたヘンリーを、ルヴァが慌てて支えた。酷い酩酊状態だ。
「アンジェ、水を! リュカ殿、ヘンリー殿をもう休ませてあげましょう」
アンジェリークがルヴァの声にすぐさま水差しとグラスを手に駆け寄ったところで、リュカがルヴァと入れ替わってヘンリーを支えた。
「ああ、ぼくが運びますよ。こいつ宴会やるといつもこんな感じなんで、気にしないで下さい」
アンジェリークから水の入ったグラスを受け取り、ヘンリーに飲ませるマリア。困ったように微笑んで頭を下げた。
「驚かせてしまってすみません……。もう少し早めに止めておけば良かったのですけれど……今日はとても楽しそうにはしゃいでいましたので」
「ヘンリーさんって酔っ払うといっつもマリアさんに愛の告白するのよねー」
と、ビアンカが口元に手を当てて笑っていた。これがいつもの光景なのか、と愕然とするアンジェリーク。
マリアはそのままヘンリーを運ぶリュカに付き添っていく。
運ぶのを断られたらしいルヴァはチェスの駒を淡々と片付け始めた。