冒険の書をあなたに
「お熱いところすまないが、そこの二人」
「ぅわっ!?」
突然プックルの声が聞こえて、ルヴァはがくりと膝から崩れた。プックルの体当たり──実にネコ科らしい動きである──で膝裏が押されたのだ。
「プックル、どうしたの?」
プックルの尻尾が不愉快そうに下向きで揺れていた。
「迎えに来たぞ。無事で何よりだがすぐ宿に戻ってくれないか、チビどもが叱られてて可哀想だ」
「まあ……ルヴァ、あの子たちが叱られてるんですって。早く戻りましょう」
先程までの夢見心地から一変して、アンジェリークの顔色がさっと青褪めた。
「え、ええ。そうですねー、きっと私たちより先に戻ったからでしょう……申し訳ないことをしてしまいましたね」
急いで戻ると宿の前で所在無げに立ち尽くしている子供たちがいた。
二人はすぐに目を腫らして俯く子供たちの側に駆け寄り、細い肩を抱き締めた。
「ティミー、ポピー……叱られたそうですね、遅くなってすみませんでした」
「ごめんね、二人とも……わたしたちがのんびりしてたせいで」
ティミーとポピーは無言のまま二人にしがみつき、ぐすりと鼻をすすっていた。アンジェリークとルヴァはそんな子供たちの頭をよしよしと撫で続けた。
そこへリュカの落ち着いた声が響いた。
「お二人がご無事だったから良かったものの、何かあったらどうするつもりだったんだ。ちゃんと謝りなさい」
張り上げてもいないのによく通る声は、子供たちの肩をびくりと震わせた。
子供たちの手がリュカを恐れるように、アンジェリークとルヴァの服を掴んだ────リュカは怒らせると余程怖い父親になるのだろう。
「あの、いいんですよ、リュカ殿。私も呪文を覚えましたので一応戦えるようになりましたし……」
「お願い、リュカさん。あんまり叱らないであげて。モタモタしてたわたしたちが悪いんだから」
慌てて子供たちを庇いだすアンジェリークとルヴァに、リュカがうっすら笑いを噛み締めている。
「じゃあ今日はぼくの代わりに優しいお二人が子供たちの添い寝担当ってことで、よろしくお願いします」
半笑いの声によく見てみれば、リュカの顔は既にいつもの人のいい笑顔へと変わっていたのだった。
ルヴァがしてやられた、という顔を見せる。
「……さては、私たちが庇い立てするのを予測していましたね?」
リュカがニイッと口の端を上げて肩を竦めた。
「皆戻ってこないなーって思ってたら子供らだけひょっこり帰ってきたんで、心配したのは本当ですよ?」
そう言って愉快そうに笑うリュカ。子供たちもいつの間にかケロリとしていた。
「うそだよ。お父さんほんとは全然怒ってなかったんだ」
「皆でルヴァ様を慌てさせようって言ってました。……ごめんなさい」
どうやら子供たちとプックルもグルだったと悟ったルヴァが苦笑して、立て続けの子供たちの謀反にリュカが慌て始めた。
「あっ、裏切り者め! ぼくだけ悪者にするつもりか!」
父のそんな言葉にすかさずポピーが応戦する。
「だって言いだしっぺはお父さんでしょー! わたしは騙すなんていやだって言ったのに!」
アンジェリークは笑顔の戻った子供たちに安堵して、ほうっとため息をついた。
「なあに、全部嘘だったの? もーっ、あの親分にしてこの子分ありね! 皆して演技派なんだから!」
ぷんとふくれっつらになったアンジェリークに、優しい微笑を浮かべるリュカ。
「あははは、すみませんでした。でも心配したのは本当のホントなんで、罰として今日は子供たちと同室ですよ」
やったあ、と子供たちが喜んでいる。特にポピーがラインハットのときと同じように、何か言いたげにもじもじしていた。
「あのね、今日は……ルヴァ様に読んでほしいご本があるんです。その……絵本なんですけど」
そうだったのか、とルヴァは内心で合点が行った。十歳で絵本を読んで欲しいとは、確かに少し気恥ずかしいものだろう。
「もしかして、昨日はそれを言いかけていたんですか?」
恥ずかしそうにこくりとポピーが頷いて、ルヴァの予想が正解だったことを物語った。