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しょうきち
しょうきち
novelistID. 58099
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冒険の書をあなたに

INDEX|71ページ/150ページ|

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 すっかり懐かしさを覚える程度に馴染んでしまった寝台から、アンジェリークは身を起こして窓辺へと向かう。
 目覚めを待つ世界はいまだ惜しむように闇を抱き、仄かに白み始めた空がグランバニアの険しい山並みを少しずつ浮かび上げる。
 この世界にいられるのもあと僅かな期間しかない筈だ────そんな思いが心の中を掠めて行き、つきりと小さな痛みが胸を刺した。
 衣擦れの音が近付いてくる。ルヴァも目覚めたようだ。
「何を見ていたんです?」
 アンジェリークのむき出しの肩を温めるように、背後からそっと抱き締めるルヴァ。
「グランバニアの夜明けって、いつ見ても綺麗だなって思って……」
 ルヴァの指が彼女の顎を軽く捕らえ、静かに唇が重なった。

 光がじわりと滲むように深い森を照らし始めた。ばたばたと鳥の羽音が聞こえる。
 そして二人の唇が離れ、視線が交錯した────どこか思い詰めたまなざしが、ふたつ。

「……ねえ、アンジェ」
 吐く息に殆ど埋もれるような掠れた声で、ルヴァは言葉を紡いだ。
「この地で……暮らしていきませんか、二人で」
 アンジェリークはその言葉をどこか冷静な気持ちで受け止めながらも、それでも瞳は戸惑い揺れた。
「このまま宇宙がどうなっても、私たちが知ることはできません。そしてここは誰かが追ってこられるようなところでもない……今なら全てを捨てられるんです。だからっ……だから、ここで生きていきませんか、アンジェ……」
 ルヴァは切なげに金の髪に顔を埋めてきつく抱き締めた。
 アンジェリークには彼の気持ちも痛いほど分かる────けれど。
「……本当は、誰よりもわたしが残りたいと望んでいます」
「それでは……!」
 その言葉に緊張に引きつっていたルヴァの頬が緩み、喜びにさっと紅がさした。だがすぐにアンジェリークの指先が彼の唇をそっと押さえ、首を左右に振った。
「でもやっぱり私たちの宇宙に帰りたいわ。皆に負担をかけるなんて、嫌だもの」

 遥か遠くで鳥の群れが騒いでいた。
 夜は緩やかに朝へ出番を譲り、再び世界が眠りにつくときまで暫しの別れを告げていく。

 ルヴァの瞳が大きく見開かれた後に僅かに潤み、アンジェリークと同じように揺れていた。
「あの日私に言った比翼連理の約束を、なかったことにするの? わたしたちが抜けた穴埋めを皆に背負わせて、ルヴァは本当にそれを望んでるの?」
 思わず彼女の細い両肩を掴むルヴァ。
 触れられた場所がとても熱くて、アンジェリークは溶けてしまいそうな錯覚に陥る。
「あなたが……あなたが今、全てを背負っているじゃないですか! ……そうさせたのは私です。あのとき、あなたは私の言葉に頷くより他はなかった……!」
 ルヴァにとっては今二人が隣り合わせでいられる事実が幸せ過ぎて、離れ難くて、再びそれぞれの道に戻らねばならない現実が怖くなったのだ────かつて自分が言い放った言葉は、この身を焼き滅ぼすかのような想いの前には、可愛らしい戯言だったと実感しているが故に。
「ここで放り出したら、ゼフェルみたいにいきなり聖地に連れて来られる人が出るのよ。そんな無責任なことするくらいなら、最初からわたしが補佐官になれば良かったじゃない」
 ルヴァの肩がびくりと動いて固まった。色を失った薄い唇が、微かに震えていた。
 彼がいつも心配してやまないその名をここでわざと出したことに若干の罪悪感を感じながら、アンジェリークは続けた。
「ルヴァ、一つだけ訊くわ。ここでわたしが宇宙なんてどうでもいいって迷わず言い切れる人間だったら、あなた、わたしを今のように愛してくれた?」
 ここまで来て自分を選んで欲しい、本当はあなたさえいればもう何も要らないのだ、という本音はルヴァには言えなかった────否、アンジェリークが言わせないようにしてしまった。
「……いいえ……あなたの仰る通りです。ぐうの音も出ませんね、はは、は……」
 眉根を寄せて悲しげに揺らぐ瞳に、ずきりと強い痛みがアンジェリークの胸を貫く。
 誠心誠意彼の全てで愛されていることも、彼が今相反する気持ちの中で揺れ動いていることも、アンジェリークにはよく分かっていた────だからこそ、自分がブレるわけにはいかないのだ。
 あのときの彼の本気の想いを、容易く踏みにじりたくはなかった。私情で責任を放り出したくはなかった。
 たとえその先に待つ未来が、二人にとって閉ざされたものとなるとしても。

 全てを捨ててあなたといたい、とつい叫び出してしまいそうな気持ちを心の奥底へ沈める。
 アンジェリークはきつく唇を噛み締めてから、ゆるりと顔を上げた。

「あなたを誰よりも愛してるわ、ルヴァ。……でもわたしは、もう誰も傷つかないようにしたいの。きっと今まで守ってきた星の中にも、リュカさんみたいに重荷を背負って生きている人がいる筈だから」
 完敗だ────とルヴァは首を振った。
 いまだ脳裏にこびりつく身勝手で浅はかな考えを、綺麗に振り落としてしまいたかった。
 悔しいことに、ルヴァはこんなときの凛としたアンジェリークがとても好きだ。女王として成長した彼女のことも、既に切り離せないほど深く愛してしまっていた。
「……きっとあなたは、歴代の女王の中でも指折りの────素晴らしい女王陛下ですよ、アンジェリーク……ですが」
 彼にそう言われたくて精一杯頑張ったのだといつか遠い未来に言ったなら、一体どんな顔をされるのだろう────とアンジェリークは思いを馳せる。
 ぴたりと隙間なく寄せ合っていたアンジェリークの体がふいに浮かび、寝台にそっと降ろされた。
 寝台がきしりと僅かに軋み、ルヴァの手が金の髪を優しく梳いた。
 その指先はゆっくりと頬から唇へと滑り落ちる────酷く寂しげなまなざしとともに。
「今は、今だけは、あなたを独り占めさせて下さい……聖地に帰るまでの間、ただ一対の比翼の鳥として……」
 そのままアンジェリークへと口付けて、白い肌に想いの欠片を刻みつけていく────互いの胸の痛みを掻き消すように、何もかも忘れるように、二人の切ない吐息がまだ仄暗い部屋に溢れた。

 外は既に曙光が辺りの森を強く照らし出していた。

作品名:冒険の書をあなたに 作家名:しょうきち