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しょうきち
しょうきち
novelistID. 58099
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冒険の書をあなたに

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 ふらりと部屋の中央に歩み、アンジェリークはぐるりと見渡した────主の帰りを待つように、ひっそりと時を止めた部屋を。
「そう……ここだわ。あのオルガンのところに座って、とっても綺麗な声で歌ってらした……」

 古びたオルガンを見つめたまま小さな声で呟き、それから窓辺に近付いた。
 遥か遠くまで広々と映る外の眺めは、室内から見ればまるで額縁に収められた一枚の絵のようにすら見える、とても美しい景色だった。
 ぼうっと外を眺めるアンジェリークの横にリュカが歩み寄り、窓を開け放つ。
 中空で円を描いて舞う一羽の鳶が鳴いていた。
 少しだけ黄ばんだレースのカーテンを、遅咲きのリラの香りを含んだ風がふうわりと揺らしていく。

 リュカは窓枠に両手をかけて顔を出し、陽射しの眩しさに目を細めた。
「母はエルヘブンの民の能力が強すぎて……この部屋から余り出して貰えなかったようです。祈りの塔なんて呼ばれていますが、ぼくに言わせれば事実上の軟禁や幽閉なんじゃないかって思う」

 リュカのその言葉に身を硬くしたのは、アンジェリークだけではなかった。
(だから……アンジェだったんですね……)
 栄えある玉座に座る歴代の女王が抱えた孤独ゆえに、ときに鳥籠とも揶揄される宮殿での暮らし。
 彼女とマーサは良く似ている────と、ルヴァはそっと胸を押さえた。それでちりちりとした痛みが消えるわけではなかったけれど。
「……わたしは望んでこうなったけど、マーサさんはどれだけ寂しかったでしょうね。ただ人より少し強い力を持って生まれただけだったのに」
 辛そうな表情を見せるルヴァへアンジェリークは仄かな笑みを作った。
 あのときの選択を少し悔やんでいる様子のルヴァに、どうということはないと────わたしたちが選んだ道は、決して間違いなんかではないのだと。ここで全てを打ち捨てていけるものでもないのだと、アンジェリークはその想いを込めて彼を見つめ、そしていまだに浮かび上がる甘い誘惑を振り切るように、ぎゅっと瞳を閉じて緩く息を吐いた。
「ルヴァ、お借りした詩篇集にそれっぽいのがないか、見てくれる?」
 もうこの話は終わりなのだとルヴァに伝わり、彼は手に持っていた天の詩篇集に視線を落とした。
「あ……ああ、そうでした、そうでした! ええと、ちょっと待って下さいねー」
 表紙には「天の詩篇集第一詩編 神々の祝福」と書かれていて、美しい刺繍が施されとても気品に満ち溢れた装丁だ。
 歌集というから譜面でも載っているのかと思えば、唯の詩が並んでいる。
 伝承歌の多くがそうであるように、旋律だけは人から人へと口で伝えられてきたものなのだろう、とルヴァは推察した。
「うーん……これでもない、こっちでもない〜……」
 本当に読んでいるのかという疑惑が出るほど頁をめくる手が迅速なルヴァ。
 その目はひっきりなしに文章を追っているため、冒頭をざっと読んでは読み飛ばしているのが分かる。
 ポピーがその姿に一頻り感動していた。
「ルヴァ様、ほんと読むのはやーい! 凄いよね、お父さん! マーリンお爺ちゃまとどっちが早いかなあ」
 そこにはルヴァが頁をめくっている姿をその他全員で眺めるという、実にシュールな光景が広がっていた。
「んー、どっちなんだろうね。でもマーリンはいつもじっくり読んでなかったっけ?」
 リュカの手がポピーの髪をくしゃりと撫でた。
「急ぐとすっごい早く読んでた。ああいうときって一応見てはいるのかな、それとも全然読んでないのかなー」
 そのとき、ルヴァから少々ひっくり返った声が響いた。
「あーっ、ありました、ありましたよーっ! たぶんこれだと思うんですよ、ほらここ、『泡沫の羅針盤』です」

作品名:冒険の書をあなたに 作家名:しょうきち