冒険の書をあなたに
指差された頁をすかさず覗き込んだリュカが文章を目で追って、納得した顔で頷いた。
ルヴァが内容を読み上げる。
「『主は来ませり/主は来ませり/御心を紡ぐ調べにたゆたいて/泡沫の羅針盤が如き在りし日の歌声/時は来たれり/時は来たれり/星空をめぐり果てより来たるもの/潮騒の扉を求むれば彼方へと帰らん』……」
読み上げてから更にルヴァの言葉は続く。
「『果てより来たるもの』というのは私とアンジェのことではないですかねー。そして羅針盤、潮騒……なんだか海に関係している言葉が並んでいるでしょう。ですから『潮騒の扉』とは、もしかしたら船でどこかに行くような場所なんじゃないかと思うんですよー」
リュカの顔が驚きの色を示し、顎をさすってビアンカへと視線を投げた。
「船で……扉、といえば」
ビアンカも握りこぶしを口元に宛がい、数回瞬きをしてリュカと顔を見合わせている。
「山奥の村の水門か、海の神殿……?」
「だけど水門だったら扉って言い方はしなさそうだよね」
地図を広げて大人たちは唸った。
ルヴァがエルヘブンの場所を見つけて指でとんとんと叩く。
「現在地はここですよね。で、海の神殿とはどういうところなんですか?」
リュカがエルヘブン北の海蝕洞────通称「海の神殿」を指し示す。
「場所はすぐそこです。ぼくらがこれから向かう、魔界への扉がそこに」
魔界への扉を開閉するエルヘブンの民────人間界と魔界との境を守りし一族。
ルヴァが地図へ視線を落とし、一瞬だけ唇を一文字に引き結ぶ。
「ああ、なるほど……エルヘブンの民の能力を考えれば、ここの近くに扉があるのは当然ですよねぇ」
魔界と人間界とを隔てる門。
その場所でこちらは神鳥の宇宙へ向かい、リュカ一家は魔界へと旅立つことになるのだろう、とルヴァは推察する。
「うーん……詩篇集にはこれ以上の手掛かりはないようですねー、とりあえず写しを取らせて下さい」
そう言ってルヴァは詩を手帳に書き写していく。
一番後ろの頁にも写しを取り、それを丁寧に千切ってアンジェリークに手渡した。
「はい、アンジェ。あなたが読めるように訳してありますから、歌うときはこれを使って下さいね」
こくりと頷いて詩を読み始めたアンジェリーク。
その頬がどこか喜びに満ちていたため、ルヴァはその理由を訊ねた。
「あの、どうかしたんですか?」
問われるとアンジェリークは一層はにかんだ笑みを浮かべた。
「ううん、別になんでもないの。……最近ルヴァからお手紙貰ってなかったし、なんだか嬉しくって……あなたの書く文字、好きだから」
手帳の切れ端で顔を隠して照れるアンジェリークの様子に影響され、ルヴァもすっかり照れ臭くなった。
「え……と。そんな、書き写しただけですよー? 殴り書きだし、べっ、別にロマンティックなことも何も書いてないじゃないですかー!」
どうしてアンジェリークがそんなに喜んでいるのか分からず、あわあわと戸惑いながらコホンと小さく咳払いをしてルヴァが続けた。
「そ、それはともかくとして。詩篇集に譜面は載っていなかったので、長老さんたちに尋ねてみましょうか」
いつも通りに話したつもりでいたのだが、ビアンカから即突っ込みが入った。
「ルヴァさんったら耳真っ赤よ。照れちゃってか〜わい〜い!」
ビアンカにからかわれ何か反論したい様子は伺えるものの、更に赤くなり口をぱくぱくと動かすだけで一向に声が追いついてくる気配がない。そこへリュカが割って入る。
「や、でも羨ましいですよー。ぼくなんかビアンカから『にんじん二本、小麦粉一袋』とかばっかりだし。最近はそれすらないし。いいなーぼくも愛の手紙欲しいなー読んでみたいなー」
賑やかに喋りながら全員でぞろぞろと下に降り始めた。
リュカの言葉にビアンカがすかさず反論する。
「サンチョさんに渡してお願いしてるからよ。リュカは忙しいから気を遣ってるのよ、これでも」
二人のやりとりを聞き、ルヴァとアンジェリークは密かに視線を合わせていた。
(それは唯のおつかいメモでは……)
と、心で突っ込みを入れながら。