冒険の書をあなたに
再び時は遡り、ルヴァとリュカ────
すたすたと歩くリュカに引きずられ、ルヴァが叫んでいた。
「ちょっ、ちょっとあの、リュカ殿!? 一体どこへ行こうというんですか!」
リュカは極めてにこやかな表情をしつつも速度を緩めない。ルヴァを掴む手も離さない。
「せっかくですから温泉行きましょうよ、いい湯があるんですよー」
「はぁっ!? それならあの、後で皆さんと一緒でもいいじゃありませんか、なんで私たちだけなんですかー!」
温泉は確かに好きだ。だが何が楽しくて男二人で温泉なのか。どうせならアンジェリークも一緒がいい。
「よーっし、ちょっと駆け足しますから……失礼」
ルヴァの腕をひょいと肩に回し、腰にも手を回すとルヴァの体が僅かに浮いた。
二人三脚若しくはへべれけの酔っ払いを運ぶあの体勢である。
先程必死で下りてきた急な階段を、リュカがルヴァを軽々と抱えながら猛ダッシュで上っていく。
数段飛ばしつつ息一つ乱さずに祈りの塔の前まで戻ってきていた。
そして、リュカの顔がニタリと不気味な笑いを浮かべた。
その表情に物凄く嫌な予感がするルヴァ────経験上、人がこのような笑みを浮かべるときは、後に厄介ごとや危険が待っている。
「じゃー行きましょう」
「え……?」
そのまま崖の淵目掛けて勢い良く走り始めた。
「え……ええええええええええええ!!!!!」
まさかと思い一瞬振り解こうかと逡巡したが、かえって危険と判断して仕方なしにリュカにしがみついた。
そのまさかだった。
リュカはそのまま芝生を蹴り、二人の体は崖の下へとまっさかさまに落下していく。
「いいいいいやああああああああああ!!!!」
ルヴァの脳内でアンジェリークとの思い出が走馬灯のように駆け巡る。どうしてこんなことに、などと考える間もなく凄まじい恐怖で目を開けていられなかった。
(すみませんアンジェ、あなたと聖地に戻れないかも知れません……死んじゃったらどうか許して下さい……!)
リュカは慣れた様子でとても楽しそうに笑っていた。
「ひゃっはああああああ! 最っ高ー!!!」
頭から落ちていきながらリュカは先程までいた崖の方角を見た。
「ん、そろそろかな────ルーラ!」
リュカが呪文を唱えると二人の体が光に包まれて、ぐにゃりと体がねじくれるあの感覚に襲われた。