冒険の書をあなたに
外から突如響いてきた悲鳴は、長老たちの表情に緊張を走らせた。
「……何事ですか」
外で見張りをしていた衛兵が急ぎ足でやってきて事情を説明する。
「ご報告致します、長老様。あの……リュカ様とお連れの方が」
その言葉で通じたらしく、はあ、と四人同時に頭を抱えてため息を漏らし、腰を下ろした。
「ど、どうかしたんですか……?」
先程の悲鳴に少し怯えた風のアンジェリークが問うと、ひくりと頬を引きつらせた長老が苦笑いを見せた。
「いえ何でもありません、時々起こる瑣末なことですよ。気にせずに続けましょう……もう一度通しで最初から歌ってみましょうか」
「あ、はい。分かりました」
(リュカさん、一体何をやったんだろう……。しかもお連れの方って、あの声、まさか……ね。いけない、集中集中!)
アンジェリークは姿勢を正して息を吸い込み、静かに歌い出した。
初めの一音が唇から零れたとき、アンジェリークの全身が淡く金色に輝いて翼がふわりと現れた。
「主は来ませり、主は来ませり。御心を紡ぐ調べにたゆたいて、泡沫の羅針盤が如き在りし日の歌声────」
彼女から放たれる淡い光の波動が、泡のように次々と生まれては天井へと立ち昇っていく。
「時は来たれり、時は来たれり。星空をめぐり果てより来たるもの、潮騒の扉を求むれば彼方へと帰らん────……」
教わった通りに胸の前で組んだ手を前へとまっすぐに伸ばし、掌を上に向けた。それから祈りを捧げるように高々と頭上へ掲げると、両の指先から天を貫きそうな勢いで光の玉が迸り、部屋中を眩い光が満たしていった。
「……ひ、光ったっ」
今の今まで美しいソプラノを響かせていたとは思えないほどの低い呟きが漏れた。
これはどういうことかと長老たちを見ると、少しぎこちなく親指をそろりと立ててくれた────これはティミーがよくやっているサインだが、どうやら彼女たちも俗っぽいことには割とすぐ毒されてしまうのかも知れない。
「大成功ですね、アンジェリーク。これを神殿で行えば、光の道があなた方を元の世界へと導いてくれる筈です」
「美しい歌声でしたよ。きっと天の神々にも願いが聞き届けられることでしょう」
「リュカとあなたが結ばれていたら、きっとマーサ以上の力を持った子に恵まれたでしょうに……」
「もし帰れなくなっても、ここで暮らしていけばいいですよ。あなたなら偉大なるマーサのようにエルヘブンの門番として後世に名を残せます」
「あーハイ……ありがとうございます……」
(だからどうして皆一斉に喋るの! 自由過ぎるでしょ! しかも後半二つ、さらっと酷いこと言わないで!)
……と言いたくても言えずにいたアンジェリークだったが、何気にルヴァと同じく聞き取りスキルが遥かに上達していることにはまだ気付いていなかった。
詩篇集を手にした長老が、薄い唇を綻ばせていた。
「私たちに教えられることはこれで全てです。海の神殿へは船で行けますが、今は魔物も多く出ます。気をつけてお行きなさい」
アンジェリークは深々と頭を下げて、晴れやかな表情を見せた。
「はい、ご指導ありがとうございました。……あの、最後にもう一つだけいいでしょうか」