冒険の書をあなたに
エルヘブンの料理は滋味深く優しい味付けが多かった。
神聖な雰囲気を持つ村らしい、素朴ながら温かな料理の数々が空腹に染み入る。
気落ちしたままの子供たちは言葉少なだ。見かねて片眉をひょいと上げたリュカがとっておきの切り札を出す。
「……明日、お祖父ちゃんとこに行こうか。挨拶ついでに皆で温泉入ろうよ」
温泉と聞いてビアンカがちらりとリュカへ視線を送った。それへニヤリと口角を上げて見せる。そして一瞬だけある人物へと素早く視線を走らせてビアンカへと視線を戻した。
その表情に作戦がうまくいったことを知り、ビアンカがぽんと両手を打ち合わせてはしゃいだ。
「いいわねー、お父さんと暫く会ってなかったし……温泉で英気を養って、それからミルドラースをやっつけに行っちゃいましょ!」
アンジェリークが興味深そうに大きな目をぱちくりと瞬いて話に聞き入っている。
「ビアンカさんのお父さんがいらっしゃるの?」
「ええ。ちょっと歩くけど鄙びた雰囲気のいい村よ。あの……さっきの話の後でこんなこと言うのも申し訳ないんだけど、あともうちょっとだけ滞在していってくれないかしら。子供たちのために、お願い!」
ビアンカは拝むように手を合わせて、お願い、と可愛らしく片目を閉じた────アンジェリークへ向けて。
先程のリュカの視線の先にはアンジェリークがいた。これは夫婦間の阿吽の呼吸とも言えるが、リュカは視線だけでビアンカに指示を出していた────アンジェリークを説得せよ、と。
リュカは二人の関係性と立場を知った上で、これはアンジェリークのほうに決定権があると踏んでいた。
「……そうね。あと一日二日くらい大丈夫だと思うけど……ルヴァはどう見ます?」
子供たちが別れを嫌がり泣きじゃくる様子に胸を痛めたのはアンジェリークとて同じだ。子供たちのために、と懇願されればぐらりと揺れもする。そこへルヴァの説明が強力な後押しをしていく。
「私も問題ないと思いますよ。こちらは神鳥の宇宙と似た部分も多いですし、それを外界の一部とみるなら聖地ではまだそこまで時間が経過しているとは考えにくいです。それにもし本当に危機であれば、あなたが何がしか感じ取りそうな気もしますしね」
更にダメ押しとばかりにルヴァがにっこりと甘く微笑む。
アンジェリークがこの笑顔に弱いことを熟知した彼の、いわばとどめの一撃だ────こうなれば当然、アンジェリークに勝ち目はない。
「じゃ、じゃあ……温泉でのんびりしよっか、な?」
リュカの顔が綻んで、子供たちが嬉しそうに両手をぱちんと打ち合わせている。
「決まりだね」
このとき、リュカとビアンカ、そしてルヴァの三人が実はグルだったとアンジェリークが知るのは、もう少し後のことだ。