冒険の書をあなたに
その後窯の前でパンの焼き上がりを今か今かと待っていた子供たちが戻ってきて──ティミーの鼻にすすがついていた──賑やかに野菜の下ごしらえを済ませた。
ルヴァはイモの皮むきがあんまりにも下手くそで可食部分を思い切り削ってしまったため、そちらは子供たちとリュカに任せて切る担当へ回った。リュカはといえば相当手馴れているようで、アンジェリークに引けをとらない手さばきでスイスイと皮をむいている。彼は食べられる部分はできるだけ残す主義のようで、皮が所々に残っていてもさほど気にしないふうだった。
アンジェリークに切り方を教わりながら、ジャガイモやらニンジンやらをどんどん一口大に切っていく。ボウルにある程度溜まったところで彼が大鍋に放り込みに行った。
大鍋の横には中型の寸胴鍋が置かれ、インゲンやコドニルという野菜──花や葉を見た感じではオクラの仲間──をビアンカが塩茹でにしている。
大鍋に放り込まれた野菜が煮えたところでアンジェリークがチーズの塊をナイフで削り入れ、その隣ではビアンカがざく切りにした干し肉とトマトをどっさり投入していた。
あとは塩と胡椒で整えるだけ、と言ってビアンカが焼き上がったパンをバスケットにてんこ盛りに入れてきた。
子供たちは楽しげに皿やカトラリーを運び、リュカはサラダを大きな器に盛りつけている。
アンジェリークが具沢山のスープの味を調えて人数分をよそい始めたのを見て、ルヴァがそれを運んだ。
「見て見てお兄ちゃん、ぼくかにパン作ったんだよ」
先程どうも静かだと思っていたら、子供たちはパン生地を粘土のようにして色々作っていたようだ。
ティミーが自信作らしいかにの形をしたパンをルヴァに見せている。丸っこい塊が二つほど欠けていた────既にかにの足部分を千切って食べてしまったようだ。
「上手にできていますねえ、ティミー。ポピーはどんなパンを作ったんです?」
案の定一人でクレソン祭りを楽しんでいたポピーが、もぐもぐと口を動かしつつパンを持ち上げた。
「スラリン作りました」
スライム型のパンに顔がつけられていた。本体は綺麗な雫の形をしていたものの、左右の目の向きが若干アレな方向だったことには触れないでおいた。
「うわー、ポピーちゃん、それすっごく可愛いわね!」
ねー、でしょー、と言い合うポピーとアンジェリーク。
ドラきちの件にしても思うが、どうも自分とアンジェリークとの間で「可愛い」と思うものには大幅なずれがある。
可愛いというより面白いのでは、とルヴァは内心呟いていた。
アンジェリーク特製のジャガイモのパンケーキのような料理は、皆に好評だった。
茹でたジャガイモとキャベツを潰したところへ、炒めたニンニクと干し肉を入れて味を調えたら平たくまとめて両面を焼いたものだ。
本来は厚切りのベーコンを炒めて旨みだけ油へ移し、後のせするのだと言っていた。
ダンカンも含めて大勢で食べる、賑やかで和やかな食卓。
若手が大多数を占める聖地では余り経験のない、懐かしさを伴うひとときに自然と頬が上がる。
温かな日常。家族と過ごす団欒がそこにあった。
この家はルヴァの生家よりもずっと小さい。勿論聖地の私邸などとは比べようもない────だが、遥かに満たされるのは何故だろう。
それはリュカ一家が持つ温かさのせいなのか、ルヴァ自身がこんな光景を求めてやまないせいなのかは分からない。
しかし確実に、彼の心の片隅にしまい込まれていた優しい記憶が次々と呼び覚まされていくのだ。
(この世界は……本当に、色々なことが胸に突き刺さってしまいますね)
ルヴァははたと手を止めて、記憶に刻み付けるように周囲を眺めた。