冒険の書をあなたに
夕食も同じように皆で賑やかに食べ、一行はダンカンに挨拶をしてから温泉のある宿へと移動した。
ここは山間部なので夜間はそれなりに気温が下がって涼しい。
ビアンカの後をアンジェリークとポピーがついていく。ビアンカがにこにこと笑顔を浮かべて話し出した。
「ここの温泉はタオルを巻いて入っても大丈夫なの。混浴だけど裸じゃないから安心してね」
お先にどうぞ、とルヴァに言われ女性陣が先に入っていく。
タオル着用可とはいえこういう場面では未だに恥らうアンジェリークを気遣ってのことだった。
熱すぎずぬる過ぎずで心地よい湯の温度に、アンジェリークたちは顔を綻ばせた。
楽し気にはしゃぎ出した様子に安堵したルヴァが声をかける。
「アンジェ、私たちも今から入りますからねー。お湯の温度はどうですかー」
「はーい。丁度いいですよー」
腰にタオルを巻いたリュカとティミー、そして腰以外に頭にもタオルを巻いたルヴァが湯に浸かる。
「はー、いいお湯ですねえ〜。生き返るようですよー」
今日は結構な距離を歩いた────すっかり棒になっている足を揉み解しながら、ルヴァはぽっかりと月の浮かんだ夜空を眺めた。
女性たちは賑やかにお喋りに花を咲かせている。アンジェリークもビアンカも楽しそうだ。
ティミーは退屈したのか女性たちのほうへと豪快に泳いで行き、ビアンカに諌められている。
ルヴァとリュカは無言のまま、ただぼんやりと空へ視線を向けていた。
暫しぼうっと見上げていた視界の上を、仄かな光がひとつ、ふわりと通り過ぎた。
「おや……蛍ですか」
ふわふわと舞った蛍は少し離れた植え込みの辺りで点滅を繰り返し、また別の場所へと移動する。ルヴァはその様子をなんとなく目で追っていた。
「地上の星屑、なんだそうですよ」
ぱしゃ、と水音がした。
リュカが片手で顔を拭って髪を後ろにかきあげ、ふとそんな呟きを漏らす。
「神が星屑に命を与えたのが蛍なんだと……昔誰かが言っていました」
「…………」
星座を描くことのない星の光。ほんの僅かな期間だけのささやかな煌めき。
手の中に留めておきたくなるような儚さがあるからこそ、美しい。
やがて小さな点滅に誘われたのか、淡い光が幾つも飛び始めた。
女性たちが蛍に気付いた様子でこちらへ静かに近付いてくる。
アンジェリークがそうっとルヴァの側へとやってきて囁いた。
「ルヴァ、蛍が飛んでるわ……綺麗ね」
「そうですねえ。それにほら、今夜もお月さまが綺麗ですよ」
天空を指差すルヴァにつられて見上げたアンジェリークの横顔が、月明かりに仄かに照らされていた。
暫らく蛍が舞う夜空を見つめていた瞳は、それから僅かに細められてゆっくりとルヴァを見据える。
「そうね、私も……そう思うわ」
二人の間だけで交わされた言葉に優しい微笑みが浮かんだ。
いつだってあなたを愛している、と。
いつの間にか全員で輪になって虫たちの声に耳を澄ませていた。
もうじき訪れる別れの時に思いを馳せているのか、誰も彼もがただ月と星の移ろいを眺めていた。