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LIFE! 9 ―Memorial―

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 結構、高かったんだけどな、このナイフ……。
 ちょっと、泣けてきたけど、なんか、笑いがこみあげてきた。
「ははっ……、こんなんじゃ、護身用にもなんねぇよ」
 久しぶりに笑った。今日はなんだか、表情筋がフル稼働だ。
「ふはっ、ははは……、これは、ないだろ、アーチャー……」
 玄関の壁に縋り付いて、必死に堪えながら、□□士郎が笑っている。
「笑うな士郎」
「だって……っ……」
 こちらへ身体の向きを変えて、今度は壁にもたれて、腹を押さえながら、まだ笑ってる。
 すごく楽しそうに、幸せそうに。
 おれと妹と笑いあったあの日のこいつとダブった。だけど、こいつには、もう……。
 なんだか、切ないような気分になって、息を吐いた。
「あ、一つ忠告。髪、染めない方がイメージいいぞ。生き残りとしては」
 明るい色の髪を指さすと、
「髪? 何?」
 □□士郎は首を傾げる。
「だから、茶髪はやめとけ。お前、真っ黒だったろ」
「そう……なんだ……」
 不思議そうに自分の髪を摘まんでいる□□士郎に、おれは、あれ? と思った。
 デカブツが複雑な顔をしてる。
「あー、けど、まあ、似合ってるから、いいんじゃね?」
 曖昧にその話を終わらせる。これ以上、深く突っ込むな、とデカブツにすっごい睨まれてるから。
「じゃな、衛宮士郎」
 おれはやっと、こいつの本当の名を呼ぶことができた。
 玄関を数歩出て見送ってくれた衛宮士郎に、振り向かないまま手を振った。
 ずーっと昔、夕焼けの中、あいつと妹と、三人で歌いながら歩いた。
 遠い記憶。おれには忘れられない記憶。だけど、あいつにはもう、戻す必要のない記憶。
 みのり、おれが覚えてるから、いいよな。だって、あいつは今、新しい記憶と一緒に生きてるんだ。
 あいつが幸せで、いいよな、みのり。
 瞬く星を見上げて、息を吐いた。
「おれも、いっぱい仲間見つけて、ああやって、ワイワイやって生きてくわ、父さん、母さん、みのり」



***

「なんかさ……、ちょっとだけ、懐かしい気がしたんだ」
 神崎を見送ったまま、士郎は門を見つめている。
「思い出せないんだけど、なんだか、懐かしいなって」
 振り返った士郎を抱き締める。
「アーチャー?」
「泣いてもいいぞ」
「泣くわけないだろ」
 泣きそうに見えた。
 きっとその記憶はあるはずだ。それでもすべてを封じ込めていなければ、士郎自身がもたないから、脳が判断した自己防衛に従うしかない。
「俺、幸せだなって言われて、すごくうれしかったんだ」
 オレの腕の中で顔を上げ、士郎は笑う。屈託なく、本当に、心から。
 こうやって笑えるのなら、いつか、その記憶の蓋が外れても、きっと大丈夫だ。
 それまでは、オレが、オレたちが士郎を守っていこう。
「士郎が幸せだということは、我々も幸せだということになる」
「よかった、アーチャーも幸せなんだな」
「もちろんだ」
 士郎を促して、居間に戻る。食後の後片付けをしながら、他愛のない話をする。
 これが、幸せの第一歩だ、と最近、オレは自覚している。



***

 いつか、俺の髪もこんなふうになるのかな……。
 アーチャーの白銀の髪を梳いて、そんなことを思った。
 神崎が、俺の髪は黒かったって、言ってた。
 たぶん、あのときに、色が薄れちゃったんだよな、きっと。
 確かに俺の髪は、染めたように明るい色だから、茶髪に染めたっていわれても仕方がない。
 けど、地毛だし、どうすることもできないから、放っておいたけど、やっぱり、そういうふうに見えるのかな……。
「士郎? どうした? 髪に何かついているか?」
 布団に寝そべってるうちに寝ちゃってると思ってたアーチャーが急に訊くから、どうしようかと迷って、ひらめいたまま実行に移してみた。
「んーん、アーチャーの髪、気持ちいいなって」
 アーチャーの頭を抱えて、頬擦りする。
「し、士郎! だから、そういう不意打ちはっ!」
 最近、アーチャーの不意を突くのが楽しい。遠坂に似てきたのかも、と思ったりする。俺、弟子だし。
「士郎っ!」
 俺の腕の中から抜けてきて、少し怒った顔をして、でも、頬がわかりにくいけどちょっと赤くなってて……、でも、鈍色の瞳は真剣で……。
 俺を真っ直ぐに映すから、俺はちょっと困ってしまう。
 どうしようって、思ってしまう。
 触れてもいいかなって、キスしてもいいかなって、そんなこと訊けないし、だけど、俺、すごくやりたいんだよな。
 こんな距離で見つめ合ったら、もう、どうにかならなきゃ仕方ないって、思うんだけどな……。
「士郎……」
 こら、そんな甘い声で呼ぶな。困るんだ、顔から火が出そうになるから。
「士郎は、すぐに赤くなる」
 お前だって! って、言いたいけど、声が出ないや。
 もう、なんか、文句垂れるとか、できない。言葉が一つしか浮かばないんだ。
「アーチャー……」
「ん?」
「へへ……、大好きだよ」
 アーチャーがびっくりしたまま、止まってしまった。
 今のは全然、不意打ちしようとか、そんなこと考えてなくて、なんか、つい口から出ちゃったっていうか……。
「アーチャー? あ、あの、ごめ……、俺、また変なこと言って……、えっと、あ、あの、うん、わ、忘れていいから、その、聞かなかったことに――」
「忘れるわけがないだろう。オレをなんだと思っているんだ、まったく」
「ごめん」
 アーチャーには迷惑かもしれない。
 こんなことを言われても、俺たちは主従関係を続けなきゃならないのに、なんか、強制っていうか、引け目を感じてしまったら……。
 どうしよう、俺、舞い上がって、またとんでもないことを言ってしまった……。
「士郎、なぜ謝る?」
「え? あ、いや、だって、変なこと……」
「変ではない。士郎がオレを好きだと言ってくれるのは、とてもうれしい」
 アーチャーが……、笑った……。
 いつもの皮肉めいたのとか、呆れながらとか、厭味言いながらとかのとは違う。それから、あのとき遠坂に別れを告げたときのとも違う。
 なんだろう、アーチャーのこんな温かい笑顔が見られるなんて……。
 うれしいのかな、ほっとしたのかな、なんだろう、急に涙が溢れてきた。
「士郎?」
 慌てるアーチャーが涙を拭ってくれる。
「うれしいんだと思う」
 涙を拭いながら俺が言うと、キスをくれる。あったかい優しいキス。
「へへ……」
 照れ隠しに笑うと、頭を撫でてくれる。撫でられるのも気持ちいいんだな。
「士郎の髪も気持ちがいいな」
 さっきとは逆に、アーチャーが俺の頭を抱え込んで、頬擦りしてくる。
「俺さぁ、いっつもアーチャーのこと考えてるんだ。病気みたいだろ?」
「それならオレも同じことだ」
 端から見ればバカップルみたいだろなぁ。
 でも、いいんだ。
 いっぱい俺たちはこうやって、幸せを噛みしめて生きていくって決めたんだから。
 あの日、俺が助けられなかった人たちの分まで、俺は幸せだよって、胸張って言えるように。



***

 最近、士郎はオレに不意打ちをして楽しんでいる。
 赤銅色の髪を梳きながら、士郎の寝顔を堪能していると、時々笑う。
 これは、オレをからかう夢でも見ているのだろうか。
作品名:LIFE! 9 ―Memorial― 作家名:さやけ