protection and attachment
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APTX4869を飲まされたコナンの身体は、解毒薬の作用を持つ薬を服用すると大変な事になる。それを熟知している灰原は、自分の実験室の中の薬剤瓶から数種類を選択して、計量皿で量り乳鉢で磨り、数個の丸薬を作り出した。
「これなら江戸川君に負担をかけずに消炎鎮痛が図れる筈」
出来上がった薬と市販の解熱鎮痛剤をもってリビングに戻ると、大人二人は険悪なムードを発しつつも互いの身体に冷却軟膏を塗ったガーゼを貼付してはテープで固定していた。
背中に多いのは安室だが、見物に来て事件に巻き込まれたと言った彼がどうすればあそこまで打撲傷を負えるのかが理解できない。まるでどこかの金属の棒に何度も背中を打ち付けたようにしか、灰原 ―― 宮野志保 ― の目には映らないのだ。
(この人も得体がしれないわね。それを言うなら、沖矢さんも、だけど・・・。今夜は大学院にでも泊りがけなのかしら。工藤邸に居なかったのだけど・・・。まぁ、お借りするってメモは残してきたから大丈夫だと思うし、この二人の洋服は洗濯乾燥しないと着せられないからしょうがないわよね)
リビングの入り口でぼんやりとそんなことを考えて立ちすくんでしまっている灰原に先に気づいたのが赤井だった。
「薬は準備できたのかね?」
「あっ。あったわ。それと一緒に、あなた方も消炎鎮痛剤を服用しておいた方が良いと思って市販薬だけど持ってきたの」
そういって足を進め、テーブルに二種類の薬瓶を置いた。
「こっちが江戸川君用。こちらの市販薬が貴方達の。今、水を持ってくるから少し待って」
キッチンの冷蔵庫からポットを出し、ガラスのコップを三つ取り出してトレーに置き、それを持っていこうとしたところで、背後からトレーが抜き取られ、キッチンテーブル上に置いたポットも同時に持ち上げられた。
いきなりな事に灰原の身体がビクリッと跳ねる。
背後を振り返ると、そこには彼女を緊張させる男が佇んでいた。
「なっ!」
息を止めて固まる灰原に、赤井が努めて柔らかい声を発した。
「君の身体ではこの重さの物を同時に運ぶのは危険極まりない。大人がいるのだから頼りたまえ」
そう言って、事も無げにトレーとポットをリビングへ運んでいく男の姿が見えなくなるまで、灰原はキッチンで固まっていた。
安室と赤井の二人は、薬を服用する為に水を飲んだのだが、思いのほか喉が渇いていたのだと言う事を自覚し、続けざまにコップ二杯をあおる事となった。
一息ついてから、二人はコナンに薬を服用させる為に上半身を起こして水を含ませようとしたのだが、どうしても水が唇から外へ零れてしまう。
「致し方ない、か」
赤井はポソッとつぶやくと、テーブル上のコナン用の薬瓶から数錠を己の口に放り込み水を含むと、コナンの口を塞ぐようにして流し込んだ。
それはまるでディープキスの様で、目にした他の二人が吃驚するのに十分な光景だった。
「Σ(◎0◎ 赤井ぃぃ!!」
「\(◎0◎)/ ちょっ、ちょっと! なにするのよ!!」
二人が飛びかかって引き離そうとする直前に、コナンの口から赤井の唇は離れ、口角から零れた水が小さくスジを描くのを親指で拭った。
「こうするのが一番早いだろう? うまく飲み込めないのに水を無理やり入れて、間違って気道に入ったりしたらことだ」
「だっ、だからと言って・・・」
「江戸川君のファーストキスを奪っちゃったのだとしたら、どう責任をとるつもりなのよっ!!」
片や若干の納得を示し、他方は叱責を示すという、性別の違いが齎す差異を明らかにした。
ファーストキス云々に、赤井の口端がにやりと皮肉気に上げられる。
「ボウヤのファーストキス、か。それは俺にとっては嬉しい事だが?」
「貴方にとって嬉しくても、江戸川君にとっては不幸以外の何物でもないでしょうがっ! ふざけた事言わないでっ!!」
「と言うか、どう考えても今のが、コナン君のファーストキスだと思われますけど、ねぇ」
中身の年齢で考えれば既にファーストキスが奉げられていても――男子のキスが奉げるというのもおかしな事だが――不思議はないが、今の彼の外見年齢ではキスなど両親とするくらいで、他者とのキスが唇にされる事などありえないだろう。
「そっ、それはそうだけど・・・」
「赤井、責任重大ですよ?」
「責任、ねぇ。俺的には全面的に取っても、一向に構わんがね」
「貴方が構わなくても江戸川君が構うわよっ! 馬鹿なことを口にしないで! そして、やらないでちょうだいっ!!」
猫が全身の毛を逆立てているかのように怒髪天を突いている灰原に、赤井は笑いを堪えるのが難しくなった。
肩を震わせてクツクツと笑う男の姿に、片や驚きの表情を浮かべ、片や怒りのボルテージを上げるのだった。
作品名:protection and attachment 作家名:まお