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美月~mitsuki
美月~mitsuki
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時津風(ときつかぜ) 【二章】

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 辺りは静けさに満ちていた。
 中庭から差し込む日差しは真っ白な障子を介して柔らかい光となって届けられ、部屋全体を包んでいる。まるでこの部屋だけがどこか別世界へ切り離されてしまったかのように静かで穏やかだった。光の粒子が空気中を漂う音までもが聞こえるようだ。
 久しぶりだった。墨の匂い、筆の感触。筆先が紙を滑る微かな音は、やがて強弱のついた一定のリズムとなって自分の呼吸と重なり合う。光と音と自分の感覚が寄り添い合い、一体となってゆく感覚。
 写経は本当に興味深いと赤司は思った。
 文字を書く、ただそれだけの行為がこれ程まで様々な事を自分に伝えて来る。
 文机の前にこうして座る自分の身体。筆先の感触を拾う指、筆を持つ手、それを動かす腕。筆先が半紙の上を滑る音を捉える耳、文字を追う目、墨の匂いを嗅ぐ鼻、経文を通して様々な事を模索する頭・・・。
 それらがあるからこそ、今、ここでこうした時間を過ごす事が出来る。自分の身体、心。この場所で、今この瞬間に写経をしていられる事。どれかひとつの要素が欠けても、『今この瞬間』にはならない。当たり前の事が決して当たり前ではない事に、改めて気付かされる。そして、そんな事を感じる自分に驚かされる。
 初めての写経で赤司は?ままならない?という事を知った。己の心が動くのも、体が苦痛を感じるのも、人と死に別れる事も全てがままならない事だ。理屈や理性、自己の意思だけではどうにもならない事がこの世には山ほどある。では、そういったままならぬ事にはどう向き合えばいいのか。恐らくそれが?心を治める?という事に繋がるのだろう。
 般若心経の文字を追いながら、赤司の意識は次第に内へ内へと向けられていった。
 高校生活。今の自分。中学時代の自分。キセキのメンバー。日常の中で関わる全ての人々。赤司家。父。勉学、スポーツ。バスケットボール。そして、母。
 この部屋を包むのと同じ白い光の中で、同じ様に白く輝く日傘を差す姿。だが傘の下のその面影は、まるで光に遮られるかのように見えない。
 もしも今の俺を見たら、母は俺に何を言うのだろうか。
 
 赤司の意識は、光の中の母を追う。
 
 
 
 母さん。
 こうしてあなたに話しかけるのは久しぶりですね。この三年間、あなたを忘れたかのように過ごしていた事をどうか許して下さい。
 あなたにはもう分かっているかもしれませんが、俺が不義理を重ねていた間にも様々な事がありました。目の前の事を黙々とこなすだけだった毎日。そんな中にも変化は訪れるものです。
 今思えばやはり、帝光中学に入学した事は俺にとっての一つの転機でした。
 新しい環境、出逢った友人達。新鮮な驚きと発見。自分の頭の中だけで思い描くのとは全く違う一瞬一瞬に、俺はひたすら魅了されていました。予想もしないような出来事に自分がどれだけ対応出来るのか、そしてそんな俺に返ってくる周囲の人間の反応が非情に興味深く、まるでバスケのパス回しのようで心が踊りました。毎日が本当に楽しかった。
 かけがえのない時間を過ごすうちに、俺の中にはある欲が出てきました。この時間がずっと続けばいい。この場所を失いたくない。ひとつずつ、少しずつ、俺にしては時間をかけ慎重に接して来たチームメイト達。それだけ彼等の存在は俺にとって大きかったのでしょう。あの時は気付いていませんでしたが、今なら素直にそう思えます。
 けれどようやく彼等と自分との間を繋ぐものが出来始めた矢先、俺は自らの手でそれらを断ち切ってしまった。感情を切り捨てなければ自分の築いたもの全てが奪われるという焦燥に駆られた。
 全ては勝つ為に───。
 気が付けば俺は、俺の心の窓からもう一人の自分がする事を黙って眺めるだけになっていました。何か違うと感じながらも、俺はもう一人の自分に何も言えなかった。彼もまた自分自身なのですから。
 それからは本当にあっという間でした。僅かな綻びがやがて大きな亀裂となり、俺達の心はバラバラになってしまった。
 青峰も、黒子も。そして紫原、黄瀬、緑間も。
 あの時の俺達は皆、それぞれの胸に様々な想いを抱えていた。その事に気付いていたにも関わらず、俺は何もしなかった。俺が切り捨て、手放し、放置する事でどれだけ彼等を翻弄し、より深く傷付けたか知れません。
 中学の間は相変わらずの負け知らずでした。ですが去年の末、俺にもとうとう敗北が訪れた。バスケットの試合に負け、優勝を逃しました。対戦相手はかつて同じ中学で共にプレイした友人のチームです。彼は自分の信念に従って自らの進む道を選び、そして勝ち上がって来ました。見た目の印象の薄さとは違い、彼は実に気骨のある男です。俺には生まれて初めての敗北で、正直、胸が焼ける思いでした。耐えがたい痛みだった。平静を保つのがやっとでした。
 そうです、母さん。
 敗北や痛みがどういうものなのか、そしてそれを頭で知るのと身を以って知るのとではこんなにも違うのだと、そんな当たり前の事さえ俺は知らなかった。むしろ知らなくて当然と思っていた。負ける事など有り得ないのだからと。
 こんな俺を今、あなたはどんな思いで見ているのでしょう。
 今は負けた事も貴重な体験であり財産だと受け止められる俺ですが、それまでは全く違っていました。
 俺の目は、何も見てはいなかった。
 父さんと母さんを親としてこの世に生まれたからには、赤司家の人間として相応しくある事が俺の為すべき事なのだと思っていました。無論その思いは今でも俺の中にあります。けれど俺は、自分が思っているほど強い存在ではないという事にもっと早くに気付くべきだった。いや、正しく言えば?認める?べきでした。でも出来なかった。勝つ事で全てを繋ぎ止めようとした。それだけ自分が周りのものを必要としていたのに、それさえ気付いていませんでした。この世は全て自分次第。自分が正しくあれば、全てがそれに付いてくるのだと思っていた。そうして自らの手で大切なものを切り離してしまったのです。
 あなたはこんな息子にきっと呆れているでしょうね。
 
 けれど、母さん。
 
 これが今の俺、今の『赤司征十郎』なのです。どんなに足掻いても、取り繕っても、結局自分は自分でしかいられない。
 ありがたい事に今はこうした自分にも温かい言葉を掛けてくれる人間がいます。俺の事を気に掛け、何か出来る事は無いかと言ってくれる人達がいるのです。尊い事です。勝つ事が全てと信じていた時の俺には、決して触れる事の出来なかった人の優しさでした。やはりどんな事にも変化は訪れるのですね。中学の頃がそうだったように、今また俺は変化の時を迎えているのだと思います。自分が何を見てどの方向に進むのか、それを考える時が来ているのでしょう。
 
 母さん。
 
 あなたの笑い声をこの耳で聞く事が出来なくなってから六年が経ちました。
 ほんの数年前の事が、もう随分と昔の事のように感じられます。あなたはいつも優しくて、俺はあなたに叱られた記憶はほとんどありません。
 でも今は、叱って貰った数少ない記憶ばかりが何故か思い出されます。


「・・・母さん。俺は一体 ───」



 気付いた時には既に自分の口から言葉が毀れ出た後だった。