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美月~mitsuki
美月~mitsuki
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時津風(ときつかぜ)【三章】

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 促され、赤司はもう一度彼女の顔を見た。その顔を見て彼女は更に笑顔になると、大丈夫という風に赤司に頷いてみせる。恐らく先程の僧侶が彼女に気付いた筈だ。すぐに彼女の分の茶が出て来るだろうと赤司は思った。ここは彼女の言葉に甘える事にしよう。
「ありがとうございます。では、失礼してお先に頂きます。」
 そう一言断りを入れると茶菓の載った皿を手に取り、菓子を器用に一口大に切り分けて口へ運ぶ。茶菓は手毬を象(かたど)った練(ねり)菓子だった。細かく縦に筋が入り、その頂に金箔が乗っている。水色と白の淡い色が涼やかで風流だが、ころんと丸い毬の形に赤司はついバスケットボールを連想してしまった。きめ細かな餡の上品な甘さが口に広がる。茶菓子を口にするのは久しぶりだなと思った。実家を離れてからは茶会に出る事もめっきり減っていた。
「かわいらしい手毬だこと。」
「ええ。」
 菓子を覗き込み楽しそうに呟く彼女に目を細めて応えると、赤司は正面に置かれた茶碗を右手に取った。その重さを感じながら左手に載せ、感謝の意を込めて僅かに茶碗を掲げつつ軽く頭を下げる。時計回りに二回回し、飲み口を茶碗の正面から僅かにずらした。濃茶は茶の席で二名から数人で同じ一つの茶碗から飲むのが一般的だ。その際は人数によって自分の飲む量を加減しなければならないが、今はその必要はない。そのまま三口半で全て飲み切り、最後にずずっと音をたてて吸い切りをすると赤司は静かに茶碗を正面に向け、盆の上へ戻した。飲み口を指で拭い、持参していた懐紙で指を清める。淀みの無い流れるような所作だった。抹茶の濃厚な香りが鼻腔を抜け、旨味にも似た味が口の中に広がる。
「お服加減は如何?」
 それまで赤司の一連の動作を静かに見ていた彼女が、ふいに冗談めかした声で言ってきた。本来ならば茶席の亭主が正客(※しょうきゃく=茶会で一番上座に座る客)に向かって問う言葉だ。赤司に茶の嗜みがあると踏んだのだろう。赤司はその言葉に思わずくすりと笑うと実に優雅に床に手を付き『大変結構でございます。』と返した。
 ひとしきり二人で笑ったあと、尚もにこにこと笑いながら赤司を見ていた彼女だったが、その視線はどこか遠い。彼女の目は赤司の姿を通してその向こうの何かを追っているかのようだった。
「写経はよくなさるの?」
 彼女が尋ねた。一瞬、赤司が答えるのに間が空いた。彼の顔に僅かに浮かんだ表情を見ると、彼女はすぐに何気ない口調で付け加える。
「あなたくらいの歳の方が写経をなさるのは珍しいと思ったものですから。それに筆の運び具合が慣れていらっしゃるようでしたので。」
 ああ、と赤司は思った。彼女からの問い掛けにどこまでを話そうか、そう思いを巡らせた一瞬の間を、彼女は自分が警戒したと感じたのだろう。それで尋ねた理由をすぐに言い添えたに違いない。恐らく彼女も人と話をする事には慣れているのだ。言葉遣いからすると、自分と似た環境にいる人なのかもしれない。
 初対面の人間に接する時、赤司は無意識のうちに相手の様子を分析してしまう。目の動き、表情、口調、話す内容。それは父親に付き従い、親や祖父ほども年の離れた人間と接する事も少なくない赤司にとって、もはや癖の様なものだった。そうやって自分の中に相手の情報をストックしていけば次に会った時の会話にも困らずに済むし、相手にも不快な思いをさせずに済む。良い印象を与える事も社交術の一つだと赤司は考えていた。お互いが気持良く過ごせるのなら、それに越した事は無い。
「筆に慣れているのは幼い頃に書の手ほどきを受けたせいでしょう。写経は久しぶりです。あなたも書を嗜まれるのですか?筆運びがとても滑らかで、筆先が動く気配にこちらの調子まで上がるようでした。」
 いつもの調子で淀みなく答えた赤司に彼女は少し驚いたようだった。だが、次第にその顔にじんわりと苦笑めいた不思議な笑みが広がる。堪えようとしても堪え切れない、そんな感じの笑みだった。思いがけない彼女の反応に些か赤司は困惑した。自分の言葉にどこかおかしな点があったのだろうか。
「まぁ驚いた。お若いのに随分としっかりした受け答えをなさるのね。それに人を喜ばせるのがお上手だわ。」
 彼女の口調は決して嫌味なものではなかった。本当にそう思って言ったのだろう。赤司は彼女の不可解な笑みと今の言葉を繋ぎ合わせるのに僅かに時間がかかった。だが彼女の言おうとしている事に気付くと、今度は赤司のほうが苦い笑いを浮かべる。
「・・・すみません。歳に似合わぬ尊大な話し方だと、よく友人達からもからかわれます。ご不快に思われたならお詫びを───」
 すると彼女はそこで声をたてて笑った。彼女の笑い声が小さな鈴のように辺りの空気を震わせる。控えめではあったが、静けさの中で彼女の笑い声は意外とよく響いた。思ってもみない彼女の反応に、思わず赤司は口を噤む。
「──ごめんなさい。笑うだなんて、私の方が無作法ですね。けれど・・・」
 黙り込んだ赤司に屈託のない軽やかな口調でそう詫びると、彼女はきっちりとした正座のまま中庭に向けていた体をずらし、赤司の方にややその向きを変えた。
「私のあのような態度に咄嗟にそんな風に返せるだなんて、本当にしっかりなさっているのだなと感心しました。それにあなたは誠実な方ね。」
「誠実、ですか?」
 赤司は些か驚きながら聞き返した。社交辞令で褒められる事は多々あれども、大抵はその動じない態度やそつの無い受け答えに対するものだ。場合によっては不遜と言われる事もある。誠実という言葉をもらったのは初めてだった。
「先ほど私の分のお茶が無い事を気にして下さったでしょう?それにあなたがお茶を受け取った時、和尚(わじょう)様の御配慮に対してきちんとお礼を申し上げておいででした。あなたの誠実さを感じたのはきっと和尚様も同じだったのではないかしら。嬉しそうにされていらしたから。」
 彼女の言葉を黙って聞いていた赤司は微かな居心地の悪さを感じた。気恥かしいというよりは大袈裟だなと感じる思いの方が強い。女性は感受性が豊かなせいかこうした表現をする人も少なくないが、男の赤司にとってはそれがどことなく感傷的、大袈裟に感じてしまう。
「さあ、どうでしょう・・・僕としてはごく当たり前の事をしているまでです。お褒め頂くほど特別な事は──」
 つい平坦な声で言ってしまった。すると彼女はふふ、と小さく笑った。
「自分にとっては当たり前の事が、案外他人の目には尊く映るものです。あなたは人の美点を見つけるのはお上手だけれど、ご自分の優れた点にはなかなか気付かずにいらっしゃるのではないかしら。」
 ドキリとした。思わず息を飲み込む。今朝の実渕との会話を思い出したからだ。自分達にも頼って欲しいと言った彼のあの一言が赤司にはとてもありがたく、そしてそう言える実渕の人間性が尊いものに感じられた。そして赤司が更にハッとさせられたのは、自分の良い点にはなかなか気付けないという言葉だった。
「何事もこれくらいは出来て当たり前と思っていましたので、今までそんな風に自分を見た事はありませんでした。そう言って頂けると──嬉しいです。」