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美月~mitsuki
美月~mitsuki
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時津風(ときつかぜ)【四章】

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 その言葉に彼女の視線がじっと注がれる。その視線を感じながら赤司は話を続けた。自分の身上こそ詳しくは話さなかったが、幼い頃の話やバスケットに打ち込んでいる事、それは亡き母が自分に遺してくれたもので、バスケを通して得難い友人達に出会った事などをぽつりぽつりと語ってゆく。
「僕の父は厳格な人で、全てに於いて人より秀でている事を僕に望みました。勉強、スポーツ、習い事───幼い頃から負ける事は許されなかった。それでも僕は父の期待に応えようとしてきました。それがあの家に生まれた自分の果たすべき事だと思っていたからです。けれど期待に応えようとすればするほど、息が苦しくなっていった。こうしたい、という明確な何かがあった訳ではありません。ただ、あの環境からは逃れたかった。ここでは無いどこか別の場所に行きたいと思っている自分がいました。その一方で、そう思う自分が弱い人間なのだとも思っていた。父の期待に応えられない自分、自らの為すべき事をやり遂げられない自分、弱さを克服出来ない自分・・・。そうして僕は少しずつ、弱い自分とそうでない自分を別々に分けるようになっていった。僕の弱さが?もう一人の自分?を作り上げていったのです。そしてある日、僕は完全に自分自身をもう一人の自分に明け渡してしまいました。自分が築き上げてきた大切なものを奪われる、そう思ったほんの一瞬の出来事でした。」
 赤司はそこで顔を上げ、隣に座る彼女を見た。彼女は黙って赤司の話に耳を傾けていたがその顔は色を失くし、ひどく哀しげだった。自分の話が彼女にとって受け入れ難い内容なのではないかと気遣わしげに見上げる赤司の視線に、彼女は首を横に振って答える。
「大丈夫です。どうぞ続けて。」
 意志を持った目だった。まるで赤司の口から語られる言葉の一句たりとも聞き洩らすまいとしているようだった。自分の話を聞く事で、彼女もまた何かを越えようとしているのかもしれない。何故かそう赤司は思った。
 中学二年のあの日、思ってもみない形で突然訪れた出来事。赤司はその時の事を淡々と彼女に話して聞かせる。不思議と抵抗感は無かった。親しい人間に話すよりもこうして初めて会った人に聞いて貰う方が、気が楽だったのかもしれない。そういえばこの話も人に話すのは初めてだったとその時赤司は気付いた。
「それからは勝つ事が全てになりました。あらゆる事に勝ち続けていれば自分の正しさは証明され、周囲は黙って自分に従うのだと何の疑いもなく思うようになった。父でさえもそうやって抑えつけようとしました。そして自分の中にある勝つ為の足枷(あしかせ)となり得るものは全て切り捨てた。感情も、感傷も、友情も。あの時の俺は傲慢で不遜、自分は全て正しいと言いながら自分の事は何も知らず、自分にとって何が大切なのかも気付いていなかった。勝つ事で大切なものを繋ぎ止める、そんなやり方しか知らないほど愚かでした。それが結局は全てを失う事になるのに。」
 赤司はまるで他人の事を話して聞かせているかのような口調で話し続ける。彼女はそんな赤司の表情を、身を切られるような思いで見ていた。何という冷たさだろう。とても十六歳の少年のものとは思えぬほど醒めた目だった。置かれた環境と重くのしかかる責任から身を守る為に彼が自ら纏ってしまった、冷たく、重く、そして硬い鎧。その内側で息づく彼の生身の身体は自由に動き回れる空間と新鮮な空気を求めて外に出ようとしているのに、硬い鎧がそれを阻んでいる様子が彼女には見えるようだった。
「彼等に対する俺の罪は決して消えません。自分の恐れから逃げ出し、自分を守る為に俺は周囲の人間を大勢巻き込んだ。俺が逃げなければ、彼等を無駄に傷付ける事もなかった。もう彼等を仲間とは呼べない、ならば罪を背負って彼らの敵であり続ける方がずっといい。そうすればいずれ彼らの誰かが自分を打ち負かし、勝利の権化であるもう一人の自分も存在意義を失って消え去るだろうと・・・そう思っていました。自分はただ待っているだけでいい。それで全てが終わる。───でも、出来なかった。」
 WCの決勝戦。追い詰められ、自分を誤魔化しきれなくなった時に自分が望んだもの。
「自分の信念に従って真っ直ぐに進んでゆくかつてのチームメイトの前で恥ずかしい姿を晒したくなかった。どうせ全てを終わらせるのならば、せめて自分の持てる力の全てを出し切ってからにしたかったのです。このままの自分で終わらせたくない、そう強く思いました。」
 意識の底の水鏡。そこに写るもう一人の自分は口を噤んだままだ。異を唱えるでも何かを訴えるでもなく、ただ黙ってこちらを見つめている。燃えさかる焔のような光を宿した彼の瞳には暗い目をした自分が映り込んでいる。
「自分のしてきた事に目を瞑るつもりはありません。俺の罪を責める者がいるのなら、俺はその責めを甘んじて受けようと思っています。蒔いた種は刈り取るし、同じ種は二度と蒔かない。その為には今出来る事を一つずつやりながら、一歩一歩前に進むしかないと腹も括っている。少しでも前に進めるのなら、どんな事も厭わないつもりです。それでも、ふとした拍子に考えてしまう。」
 その声には抑揚がなく、どこかうわ言のように赤司の口から紡がれてゆく。
「どんなに大勢の人間に傅(かしず)かれても、俺には胸の内を曝け出せる友人は一人もいません。親以上に歳の離れた人達の前で臆することなく振る舞えても、同じ年頃の友人達の前ではどうやって笑い声を上げればいいのか分からない。子供の頃に暗くなるまで外で遊んだ記憶も、公園の遊具や砂場の砂に触った事も俺にはない。自分の父親の手がどれくらいの大きさで、触れるとどんな感じがするのかも知らないのです。周りにいる人たちにとってはごく当たり前の事が、俺には何一つ当たり前ではない。にもかかわらず人は、俺を恵まれた人間だと言います。本当に恵まれているというのなら、何故俺はこんなにも虚しいのでしょう。どれだけ走り続けても、どれだけ力を注いでも、俺の心が満たされた事など一度もない。もっと、もっとと、まるでブレーキの壊れた列車のように引かれたレールの上をひたすら走って、走って───」
 水鏡の前で向き合う、弱い自分と強さを証明しようとする自分。共に腕を伸ばし、互いの両手の平をひたりと合わせると、二人の赤司は同時に呟いた。
「───俺は一体何のために走り続けているのか・・・時々分からなくなる・・・」