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はろ☆どき
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永遠のたそがれ【夏コミ90新刊】サンプル

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☩☩☩



 やがてすっかり日が暮れて日溜まりが消えてからも、エドワードは窓際に踞ったままでいた。
 諦めてしまったわけではない。チャンスがあればいつでも動けるよう、少しでも体力を温存し身体が冷えてしまうのを防ぐために。力を蓄えるようにじっと両腕で膝を抱え、何か少しでも変化があれば反応できるように。
 しばらくすると扉の開く音がした。ホークアイはこれまで一度も扉を使ってこの部屋へ現れていない。エドワードは顔を伏せたまま様子を窺った。
 誰かが部屋に入ってきた。この気配は……恐らく闇を纏ったあの男のものだ。
「君がこれほど手を焼くとはね」
「申し訳ありません。傷付けないようにとのご指示もありましたので」
話し声が聞こえてくる。ホークアイもいるようだ。
「なに、構わんよ。気が強い方が躾甲斐もあるというものだ」
 聞き覚えのある深く低く響く声。面白がっているような男の言葉を耳にし、エドワードは顔を上げると声のした方を睨み付けた。  
やはりあの男だ。ロイ・マスタング伯爵。
 昨夜、村外れにオレを追い詰めた魔物である貴族。恐らく自分をここに閉じ込めている張本人だ。
「見たまえ。まだあの表情だ。まるで焔のついた目だな」
 ロイはいっそ感心したように呟くと、楽しげにくつくつと笑った。それから揶揄うような表情を改め、優しげな口調で話しかけてきた。
「君が起きるのを心待ちにしていたのだよ。せっかく君と共に食べようと料理を作らせたというのに、いつまで経っても来てくれないとは寂しいじゃないか。ここから出るのが嫌なのだったら、食事をここへ運ばせようか。腹は減っているだろう?」
 さも心配しているような言いぶりだが、本心では面白がっているのが見え見えだ。エドワードにはそうとしか思えない。
「食事なんかいらねえ。それにオレがここから出られないようにしてるのはあんたの方だろ! 窓も扉もただ開かないだけじゃない。錬金術が使えないようになんか細工してるだろう!」
「細工など……君が無駄に体力を消耗しないように、見た目どおりとは違うように少しばかり変えてあるだけだよ。君の錬金術の腕はなかなかのようだからな」
 詰めるように言い募るエドワードに対して、ロイは平然と返してきた。
(見た目とは違うようにだと? 素材を違う物質に変えているのか? どうやって――)
 何にせよ、やはり何か仕掛けをしているのだ。エドワードが勝手にこの部屋から出られないように。
「やっぱり……!」
「それに万一、私の匂いがつかないうちに外へ出て、低俗な輩にちょっかいなど出されては困る」
「に、匂いってなんだ……? いや、それよりオレを家に帰らせろよ!」
 ロイが言うことは突拍子もないことばかりで、エドワードの頭は混乱する。しかしそれこそがこの男の目論見なのかもしれない。惑わされてはならない。
「気が立っているな。やはり空腹なのではないかね。少し何か口にした方が……」
「話を逸らすな! この部屋の変な仕掛けを解いて、オレをここから出せ。オレは家に帰らなきゃいけないんだ」
 思い通りになどなるものかと、エドワードはひたすら突っぱねる。しかしロイは妙に優し気な声音で尋ねてくる。
「何故帰らなくてはいけないのだね?」
 何を言っているんだ、こいつは。そんなの当たり前じゃないか。だって、ここは……。
「何故って……だってここはオレのうちじゃない。それにアルが……身体の弱い弟がオレの帰りを待ってる。だからオレはあの家に帰らなくちゃいけないんだ」
 そうだ、自分はアルフォンスのために薬を持って帰らなくてはいけないのだ。昨日家を出てから、ほぼ一日経ってしまっている。アルフォンスの具合は大丈夫だろうか。
「ふむ、素晴らしき兄弟愛というやつか……。だが、弟は本当に君を必要としているかな」
 なんて嫌なことを聞くんだろう。こいつはオレに嫌な思いをさせて楽しんでいるに違いない。エドワードは憤慨する。
「当たり前だろ! あいつのことはオレが守らなくちゃいけないんだ。オレが帰ってやらないと……だから、あんたの相手してる暇なんかない!」
「つれないね。しかし、君は今さらあの村に戻ることができると思っているのかい?」
 いつの間にか、ロイに尋ねられるまま答えていることに、エドワードは気づいていなかった。
「……どういう意味だよ」
「君が昨夜外出していたことも、そのまま村からいなくなったことも、今頃は村中に知れているだろう。君は自分の家どころか、もうあの村へは戻れまいよ」
「それって……」
 恐れていた現実を突きつけられる予感がした。しかしエドワードは聞き返さずにはいられなかった。
「君は昨夜のただ一人の『犠牲者』だ。この言い方は好みではないのだがね。君達人間は、貴族の口づけを受けた者をそう呼ぶのだろう?」
「オレ……やっぱりあんたに……血を……」
「君の血は甘くて舌触りがよくて極上の味だったよ。いい香りがしてうっとりしてしまった。君も随分と気持ち良さそうだったじゃないか。その美しい金色の瞳が熱く蕩けるように輝いていて、恍惚とした表情もまた――」
「やめ……ろ!」
 聞きたくないというようにエドワードは両手で耳を塞ぎ、首を横に振った。しかしロイは楽し気に言葉を続ける。
「覚えているようでよかった! まさか恐怖のあまり忘れてしまったのかと思ったよ。君には私との出会いを覚えていて欲しくて、記憶を消さないでおいたのでね」
 貴族は犠牲者の恐怖を忘れさせ、快楽を求めて自ら首を晒すよう記憶を操作することが出来るのだと噂で聞いた。
 そんな術を施されずに済んだことは、果たして幸いなことだったのか残酷なことだったのか。今のエドワードにそんなことを考える余裕などありはしなかった。
「今夜はもっと気持ちよくしてあげよう。私の元から去ることなど考えられなくなるようにね。食事が不要だというのならばけっこうだ。このまま昨夜の続きといこうか」
 ロイはそれまで黙って後ろで控えていたホークアイに、目で下がれと合図をした。ホークアイは変わらず無表情まま、だが僅かに躊躇うようにエドワードとロイを交互に見た。それから小さく溜め息をつくと、これまでと同じようにその場からふっと姿を消した。
「さて、これでこの部屋には君と私の二人きりだ。心置きなく初夜を迎えるとしようじゃないか。今宵は時間をかけてたっぷりと可愛がってあげよう。夜はまだ始まったばかりだ」
 男が優しげに告げた言葉は、エドワードにとって永遠の夜をもたらすものだった。