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美月~mitsuki
美月~mitsuki
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時津風(ときつかぜ)【最終章】

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「あなたの仰る通り、俺はいずれ人の上に立ちます。人を真に従えるにはそれなりの器と覚悟が必要となる。覚悟はとうに出来ていますが、俺にはまだ人を動かすだけの器が足りていません。人を動かすのは力ではなく心だという事にようやく気付いたほどの未熟者です。ですが俺には、自分の心も治められないような人間が人を統率していけるとは思えません。その為にもまずは自分自身と向き合っていこうと思っています。赤司の家と名を守り続けてきた父さんに俺は心から敬意を表します。それと同時に俺を産んでくれた母さんにも感謝したい。写経はそんな俺への戒めと、お二人への感謝状のつもりです。」
 父はしばし無言だった。やがて肩越しに息子を振り返ると低い声で言った。
「お前が言うのは所詮理想論、きれい事だ。それを実現させるのは口で言う程容易くは無い。私にそれを言うからには、やってのけるだけの自信は当然あるのだろうな、征十郎。」
 言われた赤司はそれまで向けていた机への視線を外し、父を振り返った。

 俺は『赤司征十郎』として生まれた。
 だがそれは『赤司征十郎』になる為ではない。
 
 『俺』が赤司征十郎を創り上げるんだ。自分の一生をかけて。

「正直、先の事は分かりません。ですが俺には自分の人生に対する責任があります。誰も自分の人生を代わりには歩いてくれませんから。周りがどう言おうと、どれだけ時間が掛かろうと、俺は自分が望む自分になる。必ずやり遂げ、決して妥協はしない。それに───」
 そこで赤司は微笑んだ。それは決して挑戦的なものではなく、むしろ穏やかな笑みだった。
 真正面から父を見据える彼の両の瞳に、これまでとは違う強い光が宿っている。
「常に人の規範となるような完璧な存在であれと言ったのは父さんですよ。きれい事の一つや二つ、こなせないようでは『赤司征十郎』の名折れです。」
 父は体を翻し、赤司の真正面に向き直ると目の前の息子の顔を見つめ、押し黙った。鋭い視線が自分をじっと見つめて来る。厳しい目だった。嘘や二言は許さないとその目は言っていた。改めて父の存在の大きさと強さを赤司は感じた。
「・・・詩織が言った通りだな。お前は私とは違う。」
「──え?」
 父の言葉を思わず訊き返す。だが父はそれには答えず踵を返すと部屋を出た。
「お前もいつまでも子供ではない。そろそろ自分の信念の貫き方を学ぶといい。ただし、負ける事は許さん。」
「父さ───」
「話は終わりだ。すぐに出掛ける準備をしなさい。院主様をお待たせしてはならない。」
 赤司は半ば茫然として父を見送った。真っ向から否定されると思っていた。まさか、自分の話に耳を傾けてくれるとは思ってもみなかった。
『心の向きが変われば、見えるものが変わってきます。』
その言葉の意味が、すとんと赤司の腑に落ちた。これが体験し、学ぶという事か。
「──はい。父さん。」
 赤司は誰も居なくなった父の書斎で呟いた。だがその呟きはこれまでの父に対する返事とは全く別の、どこか揚々(ようよう)としたものだった。