【APH】無題ドキュメントⅥ
「…解りました」
オーストリアが頷く。そして、背後を振り返る。
「あなたに紹介しておきましょうか。こちらの女性は、ハンガリーです」
「はじめまして。ハンガリー」
「…ええ、はじめまして、ルートヴィッヒ…」
平原の緑が困惑したように揺れるのを見やり、プロイセンは密かに息を吐いた。
「…さて、自己紹介が終わったところで、オーストリア」
赤い目を向け、目の前の紫玉に視線を合わせれば、警戒したようにハンガリーがこちらを睨む。
(…相変わらず、過保護だな。これだから、弱ぇんだよ)
目の前の優男を見、内心嘲笑する。それでも密かに心に蟠った何かにプロイセンは見ないフリで目を瞑る。
「俺が居ちゃ邪魔だろ。席、外すぜ。ハンガリー、お前もだ」
「え?!」
「お前、俺を見張りに来たんだろうが」
そう返せば、ぐうとハンガリーは押し黙る。
「ルートヴィッヒ、客間に案内頼んだぜ。客人に失礼のないようにな」
「解っている。プロイセン」
視線は合わさずとも、幕が開けたのは間違いない。
ここから、ここからだ。
この大国の目を欺き、子どもが真の「ドイツ」となる為に。
給仕が下がり、二人きりになった客間。向かい合う形で腰を下ろした子どもは青い瞳を瞬かせた。その青をじっと紫玉がレンズ越しに見つめる。子どもにはその瞳が何かを懐古しているように見えた。
「…プロイセンにも、お前は神聖ローマかと聞かれたことがある。そんなに似ているか?」
「…ええ。だから、驚きました。でも、あなたは神聖ローマではないのでしょう?」
「ああ」
頷く子どもが、それでも紛れもなく諸邦を統べる王だった小さかった彼に重なる。
長く続いた戦争は身体を心を蝕み、その顔から笑顔が消え、表情が消え、美しかった青い瞳は見る見る曇っていた。そして、死を宣告しながら延命させるような結果しか齎さなかった条約。そして、長い間、名ばかりだった皇帝はナポレオンに屈し、神聖ローマ帝国の帝冠を脱ぎ、神聖ローマの息の根を止めた。最期は自分が殺してしまったようなものだ。だから、こうして神聖ローマと同じ顔を、髪を瞳をしている子どもを前にして、冷静さを装うのが酷く難しい。ずっと、感じていた罪悪感から、目の前の子どもが神聖ローマならこの罪悪感も薄れると…そんな風に思う自分にオーストリアは自嘲する。
作品名:【APH】無題ドキュメントⅥ 作家名:冬故